アイドル事務所でよくある風景
カタカタカタ……
閑散としたオフィスに、キーボートを叩く音だけが響く。ここは765プロ。秋晴れの空に映えながら都心の一等地に雄々しくそびえたつ、真新しくも近代的なビルの1フロアを借りきっているアイドル事務所だ。大量に貼られている極彩色満載なポスターが砕けた雰囲気を醸し出し、パチンコ屋の店員を思わせる事務員さんの制服がその雰囲気を助長していた。
765プロは俺の所属するアイドル事務所だが、もちろん俺がアイドルなわけがない。今は想定外に空いた時間を使ってデスクワークに勤しんでいるが、俺の肩書きはプロデューサーである。略すとP。パーキングでもなければ、水をかけられた黒豚でもない。個性豊かなアイドル達を世に送り出すべく、悪戦苦闘かつ粉骨砕身な毎日を送っている2○歳独身な孤高の戦士。それがプロデューサーだ。東に行っては頭を下げ、西に行っては頭を使い、南に行っては頭を抱え、北に行っては頭をかきむしる。毛髪が心配な今日この頃だ。
「んーっ!」
椅子の背もたれに体重を掛けながら後ろに向かって伸び。疲れが抜けきってない上に肩もコリまくっているのか、身体中でバキバキ言ってる。普段から俺は忙殺と言っていい生活を送っているのだから仕方ないのかもしれない。今日だって休日出社だ。曜日感覚なんて、あって無いようなもの。それでも最近は皆だいぶ自分で考えて動いてくれるようになってきてるから、だいぶ楽にはなってきてる。楽にはなってきているんだが、それでも絶えない気苦労ってヤツはあるもので、例えば今こうして時間が空いてしまっている理由とか……。
バターンッ!
大きな音をたてて事務所のドアが開いた。開けた勢いで飛び出してきた小さな鞄は手に持っていた肩掛け鞄。それに続くように飛び込んできた女の子が俺を目掛けて一直線に駆け寄ってきて、目の前で急ブレーキ。
「おはようございまーすっ!」
「全然お早くないけどおはよう、春香」
軽く息を弾ませながら能天気な笑顔を見せているのは、765プロが誇るトップアイドル・天海春香。髪に結んだ2つのリボンがチャームポイントな花も恥らう16歳。『普通の女の子がアイドルに』的な庶民的な雰囲気と、自然で嫌味なく抜けてる感じのキャラが受け入れられ(まぁ素だしな)、男女問わず幅広いファンの心を掴んでいる。
「集合時間は11時じゃなかったか?」
俺はそう言いながら壁にかかっている時計へと目をやる。短針は真上から2目盛りほど右に寄っていた。
「ごめんなさい、プロデューサーさん。電車が混んじゃっ……」
「電車が混んでも到着時間は変わらないよな」
「ですよね。ご慧眼、感服いたします。実は電車で座ってたら見事に居眠りしちゃいました。でもその責任が私にあるのかと言うと微妙かつ繊細なところでして、この若さで遠距離通勤をする私にとって、あの振動は正に睡眠薬もしくは麻薬と言えるのでは?」
「俺に聞くな。しかし寝過ごしたにしても3時間は遅れすぎだろう」
お陰で溜まっていた書類仕事はだいぶ片付いたが、その分貴重な打合せの時間が失われてしまった。俺は俺で忙しいが、アイドル兼女子校生の春香もまとまった時間はなかなかとれない。朝から晩まで分刻みのスケジュールなんてのが実在することを、俺はこの業界に入って初めて知った。
「それがですね……何度もウトウトってするたびにガバッと起きてはバリッと気合を入れ直していたんですけど」
擬音が多い、擬音が。
「起きるたびにずっと新宿だったんです。寝て、起きて、新宿であることを確認しては寝て、起きたらまた新宿。言いながら気付きましたが、これはつまり電車が止まっていたのではないかと推測され、ひいてはやはり私に責任は無いという結論が導かれるのではないかと思う次第です」
「つまり山手線を3周して、新宿に到着するたびに目が覚めてたってわけか」
山手線は1周1時間だ。
「流石はプロデューサーさん、その場にいずして見事な推理です。現代に生き、都会の闇を払うアームチェア・ディテクティブ。これはもう一生付いていくしかありません」
「お前なぁ……」
いつも言ってることだけど、春香はアイドルなんだから「一生付いていく」とか人前で軽々しく言わないで欲しい。微妙に痛むこめかみを押さえながら俺は春香に言った。
「いい加減自覚してくれないと困るんだが、春香はもうトップアイドルなんだ。世間的には超有名人と言ってもいい。そんなお前が電車でグルグルと何周も眠りこけてるとか、どんな風評が立つかわかんないんだぞ?」
「またまた。そりゃテレビとかには出てるかもしれませんが、私なんか街を歩いてても気付いてくれる人なんていませんよ。千早ちゃんはこの間入ったCDショップでファンの人達に囲まれた、って言ってましたけど、私はサインを求められたことさえありません。『空気アイドル』の新機軸を打ち立てたのではないでしょうか」
完全無欠に人気商売のアイドル業。春香ほどのアイドルになれば本人に責任が無くとも敵は出来るし、スクープを狙うようなマスコミだって出てくる。幸い今のところスキャンダルになりそうなネタが無いことと、普通の女の子的オーラによるナチュラルな隠形の術で助かっているが、一体何が災いとなるかわからない世界だ。どんなに細心の注意を払っても払いすぎと言うことは無い。なのにこいつときたら鯨が豆鉄砲をくらってたみたいな顔をしやがって(つまり理解してない)。
「それに何度か携帯に電話したのに全然出ないし。その時は寝てたのかもしれないが、遅れるなら遅れるで連絡してくれないとこっちが困るぞ」
「すいませんでした。電話で現状をお伝えすることでプロデューサーさんを失望させるか、電話をしてる時間があったら一秒でも早くプロデューサーさんに私の笑顔を届けるかで悩んだんですけど、私自身の気持ちを加味した結果として後者を選択させて頂きました」
「頂かないでくれ、頼むから。今日はたまたま事務所でミーティングの日だったからよかったものの、これが営業やレッスンの日だったら色んな人に迷惑がかかってたんだ。約束の時間に遅れるようだったらすぐに連絡をすること。オーケー?」
「おーけーです。次からはASAPなホウレンソウでいきます」
「なんでそんなサラリーマン豆知識的な用語を知ってるんだよ」
「安○生命のサラリーマン川柳、毎年楽しみにしてますから」
「女子高生が楽しみにするものじゃないだろ……」
こんな会話をしながらも、春香の笑顔はあくまで自然で屈託が無い。甘いかもしれないし、弱いだけかもしれないが、結局は俺が折れることでいつも話は終わる。
「まぁいい。じゃあすぐ打ち合わせに入ろう。会議室な」
「はいっ」
後ろから俺達を見てる小鳥さんの視線が生温かい。生温か過ぎてそろそろ湯当たりしそうなので、いい加減本題に入ることにする。あの人の娯楽欲を満たすために働いてるわけじゃないし。
「昨日伝えておいたけど、打ち合わせは次の新曲に関してだ」
「きましたね。どんな曲になるのか今から楽しみです」
小さい会議室は使用中だったので、20人での打ち合わせが可能な大会議室しか空いてなかった。窓からは高層ビル群を更に上から見下ろす形になっていて、無駄に光合成中の観賞植物まで置かれている。ロの字を描いて並ぶ机の角の部分を使い、斜めに向かい合う形で俺と春香は打ち合わせを始めることにした。
「新曲の話を進めるにあたって、まずはコンセプトを決めたいと思う。春香、何か希望はあるか?」
「そうですね。ずばり『アダルト』で」
「うん、そうだな。悪いのは質問した俺の方だから春香は気にしなくていいぞ」
「そんなこと言われると私としても切ない限りですが、これでも考えに考え抜いた結論です。不肖この天海春香、昨日の夜は布団に入った後も寝ないで必死に考えました。今まではポップでキャッチーな明るい曲ばかりでしたけど、ここらでひとつ芸風を広げ、成長した私を見せ付けるためにも、いわゆるひとつの”違う天海春香”ってやつを表現してみてはどうかと思ったんです。その結論を導くことが出来てやっと眠れると思った時、ふと見た時計の針は金曜ロードショーが始まる時間を指してました」
「めちゃくちゃ寝る時間早いな。あと芸風って言うな」
「昨日の金曜ロードショーはナ○シカだったので、その後ついつい起き出して観ちゃいました。あの終わり方は王蟲を止めたってだけで他は何も解決してない気がするのはさておき、どうしてナ○シカって何度も観てるのに、TVで放送されるたびに観ちゃうんでしょうか?」
「ナ○シカはともかく、それなりに考えた結果であることはわかった。春香の案も一理あるが難しいと思う。ファンに求められている春香のイメージを考えると真逆に位置するイメージだし、申し訳ないが今の春香がアダルトな雰囲気を出そうとしてもかなり無理があるし。もっともうちの事務所でそんな雰囲気を出せそうなのは、ギリギリあずささんぐらいなもんだけどな」
「映画は原作と全然違うってご存知でした?」
「もうナ○シカの話はいいから。とにかくその路線は却下。せっかく考えてきてくれたのに悪いけど、春香の声質は大人びたバラードに向いてないし、ビジュアル的にもあと数年は必要だな」
「残念です。アダルトなビジュアルで略してAV、”天海春香のAV、オリコン上位に!”とか雑誌の見出しに面白いと思ったんですけどね、ぶっちゃけ」
「ぶっちゃけるなよ。っつーか事務所的にクレームものだから、その見出し」
「AV機器ってアダルトビデオ専用の機器だと勘違いしたことありませんか?」
「ないから。春香はそんなの観たことあるのか?」
「もちろんありません。清廉で潔白な天海春香です。プロデューサーさんは私をどんな女の子だと思ってるんですか。失礼しちゃいます」
「逆にどう思われてると思ってるのかを聞きたいよ……」
初めて会ったのは春香が公園で自主トレしていた時だった。あの時は凄く熱心で真面目な女の子だと思ったんだけどなぁ。や、今でも熱心で真面目なのは変わってないけど、もしかして初対面から笑っちゃったことを根に持ってたりするのだろうか。言動が天然なのは前からだけど、こんなどちらかと言うとシモネタに近いことを口にするようになったのは、つい最近のことだ。
「とにかく話を戻しましょう、プロデューサーさん。今は私の新曲について話し合わないと」
俺が話を脱線させたことになっていたが、いちいち突っ込んでいては身も心ももたないので流しておく。それが春香をプロデュースする上で一番大切なことだった。そのことに気付くまで長かったけど、あの日々は俺を確実に人として成長させてくれた。
「よし。新曲のコンセプトだが、俺の方でもいくつか案を考えてきたんだ。それについて春香の意見を聞きたいと思う」
「あんまり頭を使うとハゲると思います」
「そんな意見を聞きたいんじゃない。それに俺は断じてハゲてない」
「会話のキャッチボールって難しいですよね」
「春香が俺と同じボールを使ってるのかは疑問だけど、とにかく案を聞いてくれ。まず1つ目のコンセプト案は『メイド』だ」
「いってらっしゃいませ、ご主人様」
「いきなり追い返すな。とにかく1つ目は『メイド』。いまや日本のメイド文化は本来の発祥地だったイギリスのものは大きくかけ離れながらも、サブカルチャーの1つとしてその地位をワールドワイドで確立しているんだ。今更感はあるかもしれないが、春香の持つ元気なイメージとは決して相容れないものじゃない。まだまだいける路線であることは間違いないと思う」
「なるほど」
うんうん、と頷く春香。基本的には素直でいい子なんだよな。とりあえず納得はしてくれたらしい。
「じゃあ私はメイド服を着て歌うんですか? フリフリの服とか凄く可愛いし、一度着てみたかったんでちょっと嬉しいです。女の子としてはちょっと憧れちゃいますよね、メイド服とかオフィスラブとか」
何故メイド服とオフィスラブが同列なのかはともかく、なかなか悪くない感触のようだ。少なくとも春香自身にはメイドに対する抵抗は無い様子。メイド服を嫌がるかもしれないと心配してたので安心した。千早なんて凄く似合うと思うけど「なんでこんな格好で歌わなきゃいけないんですか!」とか言いそうだし。逆に真あたりは喜んで着そうな気もするが、路線的に着せてあげることが困難だったりする。
「要はメイド服を着てメイドっぽい歌を歌うってことですよね。でもメイドっぽい歌ってどんな歌なんでしょう?」
「それなんだよなぁ。衣装はすぐにイメージが湧いてきたんだけど、曲の方がいまいち浮かんでこないんだ。とにかくタイトルだけでも決めてしまえば自然とイメージが固まってくるんじゃないかと思う」
「『ご無体』とかどうでしょう?」
「お前の中のメイドがどんな仕打ちを受けているのかはこの際置いておくが、今すぐここでそこまで決める必要はない。とりあえず大体の感じさえ理解してくれればOKだ」
「次に2つ目の案だけど……」
「はい」
「2つ目は『ロボット』だ」
「ロボットナリか?」
「ゴムまりと風呂おけで作られたインチキサムライロボットの真似はともかく、コンセプトとしてはメカっぽい感じだ。この辺は千早に似合いそうな気がするけど、意外性って意味では春香もいけると思う。春香の持つイメージを壊すことなく、目新しさだけを印象付けることが出来るんじゃないかと思う」
「なるほど……でもメイドはすぐにイメージが浮かんできたんですけど、私がロボットとか言われてもちょっとイメージが浮かんでこないでロボすよ?」
「明らかに無理して語尾を変える必要はない。別にロボットそのものになる必要は無いんだ。何となくでもメカニカルな印象を与えることが出来ればそれでいい。安直かもしれないが、曲はテクノ系で考えてる」
理解出来たのか出来てないのか。腕を組んで数秒、目を閉じていたかと思ったら「なるほど、わかりました」と春香はおもむろに立ち上がり、姿勢を正した。そして不適な笑みを浮かべて軽く喉を鳴らす。俺に止めるヒマは無かったことをご理解頂きたい。
「ボクは〜人間に危害を加えず〜、命令には従います〜♪ そしてそれに反しない範囲で〜、自分を守らせて頂きますので〜、ご理解ご了承の程を〜♪ それがロボ〜、ロボットのぉ〜、生きる道ぃ〜♪」
即興で歌いだした曲の冒頭は、何故か知っているらしいロボット三原則。もちろんテクノっぽさは皆無で、むしろ途中からは演歌っぽくなってきた。しかも歌詞は物語仕立てになっていて、そのまま拳をきかせて3番まで歌いきってるし。ラストは人間との共存に絶望したロボット達が、近いうちに訪れるエネルギー切れを知りながらも幸せに暮らせる桃源郷を求めて旅立っていった。せめてハッピーエンドにしてくれ。歌いきった春香は満足げに「ふぅ」とため息ひとつ。
「どうでしょうか?」
軽く顔を上気させながら聞いてきた。そんな期待のこもった視線を向けられても非常に困る。答えないわけにはいかないだろうが……。
「……75点ってとこだな」
「おっと、プロデューサーさんはなかなか厳しいですね。でも即興で75点なら十分に及第点かと思います。歌を不得手としていた私も成長したものです」
うんうん、と頷く春香。何点満点なのかは言わないのが大人の優しさだろう。春香はどちらかと言うと褒められて伸びるタイプだ。
「それって76点満点ですよね?」
「思いのほか図々しいな、お前」
ちなみに200点満点のつもりだった。
「んで次に3つ目の案だけど」
「サー、イエッサー」
「次は『猫』だ」
「にゃんとっ!」
ご丁寧に猫パンチでもするかのように両手を胸の前で丸めて驚く春香。別に驚く場面ではないと思うが、何故か妙にノリがいい。
「これも王道と言えば王道だな。明らかにネタっぽい曲になりそうな気もするけど、ある種のキャラクターソング的な位置付けとしてウケるんじゃないかと思う。猫耳と猫しっぽあたりがあれば通じるあたり、衣装にバリエーションを持たせることも可能だし。心配なのは今まで以上にマニア向けとなってしまう点だが、その辺は春香の健康的なイメージでバランスを取るようにしたい」
『猫』のコンセプトについて説明を聞いた春香は「うーん」と腕を組んで悩んでいる様子だった。メイドはOKでも猫はだめなのか、そのあたりの線引きは本当に難しい。本人が乗り気じゃないことをやらせるのは本意ではないので、無理強いはしないつもりだ。本人が納得してくれるまでとことん話し合うのが俺のスタイル。
「プロデューサーさん、1つ質問があるんですけどいいですか?」
「うむ」
「プロデューサーさんはこの会話の流れから、私と千早ちゃんのどっちがネコでどっちがタチかを聞く質問まで持っていこうとしてるんですよね?」
「その前に春香が俺をどう思っているのか聞いていいか?」
「もちろんただの社交辞令です。気にしにゃいで欲しいにゃん」
どこか知らない世界の社交界に生きる辞令なのか、再び猫のポーズ。くっ、無駄に可愛い(無駄ってことはないんだが)。腐ってもトップアイドルってことか(腐ってないが)。
「ちなみに千早ちゃんとは純粋に友達関係ですが、精神的にはタチでありたいと思ってます。千早ちゃんはああ見えて打たれ弱いところがありますから」
「打たれ弱いこととの因果関係はよくわからんが、とりあえずこの話題は(千早のためにも)ここまでにしておこう。『猫』のコンセプトも頭に入れておいてくれ」
「わかったにゃん」
そう言ってポーズをとる春香。それは猫じゃなくて雌豹だ。意味がわからない上に、会議室の風景に恐ろしくミスマッチ。とりあえず机に乗るな。
「次は『チアガール』だ」
「フレー! フレー! Everyday!」
「これは春香のイメージにぴったりだし、応援ソングってのは使用頻度も高い。受験シーズンなんてハマればファンの気持ちを鷲掴みだ。上手くいけば甲子園での定番ソングなんてのも狙えるんじゃないかと思ってる。小道具としてはボンボンやバトンなど色々あるが、やはりここはオーソドックスにボンボンだろうな。そして何よりも、チアガールで大切なものは……」
「笑顔、ですよね」
にっこり笑顔。裏表の無い澄んだ笑顔は春香最大の武器だった。悔しいが見ているだけで日頃のストレスが癒されていく。ストレスの原因もこの笑顔の主だと言うことはこの際置いておくことにする。飴と鞭、と言う言葉が一瞬浮かんできたが、強引にねじ伏せた。
「あと衣装だけど、これはもうチアガールって時点でおのずと決まってくるから、あとはデザインだけ決める必要があるな」
「ここはひとつ意表をついて、ラメ入りとかデーハーなものはどうでしょう」
デーハーて、90年代の業界人かよ。にしてもラメ入りか……。
「うん、案外悪くないな。意外とステージ映えするかも」
「え、そうですか?」
「なんで春香が意外そうな顔をするんだよ」
「あ、いえ。ここは『ラメはらめぇ!』と返して下さるとばかり」
「ご期待に沿えず申し訳ないが、とりあえず次は曲について考えよう」
「身近なところで、まずはゲーハーなプロデューサーさんの毛根を応援するところからいきます」
「それってネタだよな? ネタで言ってるだけだよな?」
「え、ええ……も、もちろん?」
何故そこで目をそらす。キョドるのも半疑問なのもやめてくれ。
「プロデューサーさんがハゲてても私はずっと付いていきます!」
「そんな台詞だけ力強くなるな」
「大切なのは内面ですから」
もういい。次にいこう……。
「で、5つ目は……」
「プロデューサーさん、ちょっと待ってください」
「どうした?」
「新曲のコンセプトを決めるのもいいんですが、それよりももっと抜本的な変革をしてみてはどうでしょうか?」
「抜本的な変革?」
また珍妙なことを言い出しましたよ、この娘は。
「はい。例えば芸名の変更とか」
「なるほどなぁ。確かに芸名の変更は話題にはなるだろうけど、せっかくここまで浸透してきた名前を変えるのは、あまりにもリスクが高いぞ。いずれはアリかもしれないが、今は時期尚早だと思う」
「確かにそうかもしれませんが、一応いくつか考えてきてみたので聞いてください」
「試しに言ってみろ」
何となく展開が読める気もするが。
「はい。765プロにちなんで琥露那(コロナ=567)、もしくは黄泉(よみ=43)」
「そんなヤンママが付ける痛い系筆頭みたいな名前や、魔界の王を目指しそうな名前はやめてくれ」
「他にも一二三(ひふみ)、ニ三四(ふみよ)、一三九(いさこ)、七一十(ナイト)、八九十(ハコテン)、十四(天使)、九七ニ(ココナッツ)、六七四一四ニ(虚しい死人)、六十六四(武天老師)」
「いやいやいやいや、お前は単に数字だけで表現したいだけだろ」
「だめですか?」
「当たり前だ」
「四四四(よよよ)……」
泣き崩れた真似をしてもだめだ。
「5つ目はちょっと路線を変えて『母親』だ」
「流石はプロデューサーさん。マザコンから年増好きまで、広い範囲のファン層獲得を狙うワケですね」
「いや、それ狭い。超狭い」
「私の提案である『アダルト』を却下しておきながら、自分は『母親』とは。プロデューサーさんったらワガママ王子です」
「ちょっと言い方が悪かったか。『母親』と言っても春香にお母さんっぽいことをしてもらおうって案じゃないんだ。『母親』と言うより『家庭的』と言った方がいいかもしれないな。元々春香はいい意味でアイドルらしくないところが売りだけど、そこを更に前面に押し出す形になる。トップアイドルなのに身近に感じられる存在。難しいかもしれないが、これを両立出来るのは春香だけだろう」
家に帰ったら「お帰り」と言ってもらえるような雰囲気。これは新しい形の癒し系だ。
「何となくイメージはわかりましたけど、具体的にどんなプロモーションになるんですか? CD特典にお味噌汁を付けるとかでしょうか」
「アイデアとしてはともかく、方向性としては間違ってない。つまりアイドルに向かって憧れを持ってもらうのと同様に、親しみと温かみを感じてもらうためのコンセプトだ。もちろん雰囲気だけではあるけど、ファンを家族のように、自分の子供のように思うスタンスだな」
「わかりました。まずは実際に子供を作ってイメージを掴むところから始めようという、プロデューサーさんの熱い思いがヒシヒシと伝わってきました。OKです。私の中の女が目覚めようとしています」
微妙に顔を赤らめる春香。恥ずかしいなら言わなきゃいいのに……。
春香の凄いところは、テレビでもキャラが全く変わらないところだ。トンチンカンな受け答えするのは同じだけど、流石に16歳のアイドルに向かって際どい質問をする人間はいないため、今のところ見当ハズレではあっても危険ではない言葉しか返していないのが救いだった。まぁ俺だって際どいことを聞いてるつもりは全く無いんだけど。
「さ、次にいくぞ。6つ目は『魔女っ子』だ」
「おー、魔女っ子。女の子の永遠の憧れです」
パチパチパチ、と軽く拍手。うん、好感触。
「これももう定番中の定番だな。小さい子供から大きなお友達まで、皆のハートを鷲掴み間違いなしだ。普段はいたって普通の女の子が変身して、と言う流れも春香のイメージにはぴったりだろう。当然曲としては今までのポップな曲を更にパワーアップさせた形になるだろうな。多少ヒーロー物っぽい躍動感があってもいい。プロモーション映像もわかりやすくいこう。どこにでもいるような女の子(もちろん春香だ)が、犬の散歩中に街でちょっとした喧嘩を見つける。そこで女の子はすばやく物陰に隠れて、どこに隠し持っていたのかよくわからない魔法のステッキを取り出して華麗に変身。そして颯爽と皆の前に現れて決め台詞!」
「お前はもう死んでいる」
「殺すなよ!」
「お前はまだ生まれていない」
「哲学的だな、おい」
憧れてたんじゃないか、女の子は。
「ノモラカタノママ!」
そんな10年以上昔のRPGに出てくる局地的にしか知られてない呪文を言われても。
「ルテシイア、ンサーサーュデロプ!」
内容以前に、どう発音した今?
「司法に代わってお仕置きよ!」
いや、ちゃんと法に準じようよ……。
こうして会議室では打ち合わせ(?)が繰り広げられた。途中で小鳥さんがお茶を持って来てくれたタイミングで休憩は入れたものの、それ以外はひたすら激論に次ぐ激論だ。春香だって的外れなことばかり言ってるけど、決してふざけてるわけじゃない。たまに俺には絶対にない発想で、いい意味で驚かせてくれることもある。悪い意味ではしょっちゅうだが。
結局、新曲のコンセプトに関しては一時保留とした。最終的にはお互いがもう一度案を練り直してくることにして、今日の打ち合わせは終了となった。無事な終了かどうかは、後世の歴史家が判断してくれるだろう。
「ふぅ……」
事務所から駅に向かって歩きながら、私は一人ため息をついた。休日のオフィス街に人気は少ない。たまに蹴飛ばす石ころが、誰もいない歩道を転がっていく。
「今日も進展無し、と」
今日も今日とて大騒ぎしただけで終わってしまった。それでも私としては事あるたびに自分の気持ちを伝えているつもり。半分冗談に聞こえなくもない伝え方だけど、これだけ口にしているんだから、そろそろ何かリアクションがあってもいいのではないか。自分の言い方も悪いのだろうが、それでもあの鈍さはただ事ではない。気付いていてスルーしてるのだとしたら、相当な演技派だ。さっきも一緒にご飯を食べて帰ろうと提案したのに、にべ無く断られてしまった。お腹は空いたし、今日一日いいこと無し。その上遅刻したりして、呆れられてないだろうか。
「やっぱり子供っぽいのが原因かな」
ぽいどころか、リアルに子供なんだろう。特別なところなんて何も無い、天然(らしい)でトンチンカンなことばかり言ってる自分を、心から大切にしてくれているのは分かっている。厳しい言葉もにじみ出る優しさは隠せていない。でもそれは担当するアイドルに対してであり、妹のような存在に対してであることも分かっている。最近はお色気度の向上を目標に、一生懸命Hな話題も言える大人の女性を目指してみたが、どうにも空回りしてる気がしてならない。方向性に問題があったのか、手段に問題があったのかは今後の検討課題とする。
「でも急がないと」
実際のところライバルは多い。プロデューサーさんが担当してるアイドル仲間達は、少なからず彼に好意を抱いてるのは間違いない。千早ちゃんでさえ、単なる担当プロデューサーに対するアイドルとしての気持ち以上に憎からず思っている。直接その話を聞いたことはないが、そんなのは一目瞭然だ。あずささんなんて明日にでも「プロデューサーさんが運命の人だったんですね」とか言い出すんじゃないかと気が気でならない。それこそ女として大きく負け越してるだけに。勝ってるところは若さ、胸の小ささ、髪の短さ、色っぽくない度、女らしくない度、一緒にカラオケへ行った時の得点の低さ……虚しくなってきたのでこの辺にしておく。
いつからプロデューサーさんのことを好きになったのかは覚えてない。辛いレッスンで励ましてくれた時か。初めてのコンサートで怖気付いていた私の背中を押してくれた時か。私の歌を聞いてくれて、私の話を聞いてくれて、笑いながらも呆れながらも、一緒に頑張ってくれるその姿を見た時か。要は一緒にいればいるほど好きになっていったのだ。今の自分があるのはプロデューサーさんのお陰だし、プロデューサーさんのいない自分なんて想像も出来ない。
「うん……やるしかない」
トップアイドルとして走り続けるのも、プロデューサーさんの隣に立ち続けるのも、全ては私の努力次第。そうだ、やるしかないのだ。やるべきことと、出来ることを全部やる。こんなにも分かりやすいことはない。単純にして明快。道は真っ直ぐで、ゴールは見えないけどはっきりしている。
「よしっ!」
気合を入れて回れ右。事務所に向かって歩いてきた道を逆に歩き出す。もう一度食事に誘おう。理由はなんでもいいし、食事もどこだっていい。お腹が空きすぎて、お腹と背中がくっ付きそうだ。そうしたらペラペラな平面アイドルの誕生である。グラビアが歩いてるような感じ。プロデューサーさんは「それはそれでありかもな」とか言うかもしれない。本当にいじわるな人だ。
いつの間にか歩いていた足がどんどん速くなり、気付けば全力で駆け出していた。スニーカーで本当によかったと思う。やはりヒールは人体の構造に合ってない。街灯がどんどん後ろに流れていく中、足はますます加速していくように感じた。もう駄目だ。早くご飯を食べないと死んじゃう。だから急いでプロデューサーさんのところに戻らないと。早く、早く。
事務所のビルが見えてきた。765プロのフロアはまだ明かりがついてる。さっき小鳥さんとすれ違ったような気がしたけど、ここで更にUターンする選択肢は無い。あの明かりにいるであろう彼の元に近づくのが最優先事項だ 。さしあたり、そこが今のゴール。
「うあ〜、疲れた〜〜っ!」
自席に戻って崩れ落ちる俺。時計は夜の8時を指していた。社会人としてはさして遅い時間でもないが、電車で数時間かかる場所から通っている春香には、そろそろ厳しい時間だった。それでも終電まではもう少し時間があるので「一緒にご飯を食べて帰りましょうよー」と元気に誘われたが、こっちにはまだ仕事も残っていたし半分強引に帰らせた。腹が減っているのはお互い様だけど、そもそも春香はまだ高校生なのだ。これ以上遅くなったら、信用して大切な娘さんを預けてくれているご両親に申し訳ない。
「今日もお疲れ様でした」
コトン、と目の前に置かれるお茶。顔を上げると小鳥さんが俺の斜め後ろで、笑いながら盆を抱えるようにしながら立っていた。制服ではなく私服なところを見ると、そろそろ帰るつもりなのだろう。お礼を言いながらお茶を一口。熱いけど美味い。熱が身体に染み渡るようだ。
「会議室から結構声が漏れてましたよ? いつもにもまして盛り上がったみたいですね」
「春香もトップアイドルとは言っても、まだまだこれからですからね。うちのアイドル達だけじゃなくて、他の事務所のアイドルだって頑張ってる。春香だって油断は出来ません。それに磨けば磨くほど光る子ですし」
単なる”普通の女の子”がトップアイドルになれるはずがない。春香には春香だけが持つ魅力がある。それを誰よりも理解してるのは俺で、その魅力を目一杯伸ばしてやれるのも俺なのだ。本人に言うつもりはないが、俺はそのことを誇りに思っている。そうでなくちゃこんなキツい仕事、やってられない。金だけ欲しいのであれば、もっと楽な仕事はいくらでもある。偶然に近い形で飛び込んだこの世界だが、今ではもうどっぷり浸かりきっていた。
「でも春香ちゃんも大変ですよねー」
お茶を置いた後も立ち去る気配を見せない小鳥さんが言った。
「ええ。でもそれは仕方ないことです。今が一番大切な時ですから」
机に置かれた写真立てを見ながら俺は答えた。その中では普段着の春香が笑っている。「プロデューサーとして、常に私のことを考えている必要があると思います」と強引に春香が置いていったものだ。どんなTV番組やグラビアで見せるよりも自然な笑顔。これを常に出せるようになれば……とは思うものの、それはそれで勿体無いような気がする。これは間違いなく俺のエゴだ。
「そうじゃないです。仕事の話じゃないですよ」
「え?」
振り返ると、小鳥さんは何やら笑顔を浮かべていた。いたずらを仕掛けて、相手が引っかかるのを待っているような笑顔。
「今日も春香ちゃんあんなに一生懸命だったのに、プロデューサーさんってば全然気付かないんですもん。敏腕プロデューサーも自分のことに関しては疎いみたいですけど、あれじゃあ春香ちゃんが可哀想ですよ?」
「あの……」
「ここで私の口から言っちゃうのはもっと可哀想だしフェアじゃないから、これ以上は何も言いませんけど、とにかくプロデューサーさんはもっと春香ちゃんのことを見てあげるべきです」
それじゃあお先に失礼しますね、と言い残して小鳥さんは給湯室へお盆を返し、そのまま事務所から出て行った。これで事務所には俺1人。自然と俺が鍵を閉める当番となったが、これは最近ではいつものことだった。特に春香がトップアイドルにまで上り詰めてからは毎日のことである。俺は椅子の背もたれに体重をかけ、頭の後ろで手を組みながらボンヤリと思考をめぐらした。
小鳥さんが何を言っているか全然わからない。明日になってから問いただそうにも、これ以上は何も言ってくれそうにない。やはり誰よりも春香のことを知っているつもりでも、同性でないとわからない物があるのだろうか。それはしょうがないことではあるけど、ちょっとだけ悔しい気持ちもあった。春香だけじゃなく、俺もまだまだ精進が足りないってことだろう。
いや、嘘だ。正直な話、自分でも薄々は春香の気持ちに気付いてる。いくらなんでもそこまで人の気持ちに無頓着なつもりはない。わかった上で無意識な内にと春香を受け入れることを避けてる。たぶん俺は今まで築き上げてきたものが壊れてしまう可能性を恐れているんだろう。それは今の春香のトップアイドルとしての地位だったり、春香と過ごす騒がしくも充実した時間だったり。意気地が無いと言ってしまえばそれまでだけど、プロデューサーとアイドルと言う関係も考えれば当然かもしれない。でもこれも言い訳か? だって春香だし。一緒にいて面白いのは確かだが、年齢の差ってもんもある。でもそんなことを考えてる時点で……ああ、もう自分でもよくわからん。
ふと、さっき事務所から出て行った春香を思い出す。俺とは違って疲れなんて微塵も見せず、大きな声で挨拶をして帰っていった。去り際はどこか寂しげだったような気がする。写真立ての中には笑顔を浮かべている春香。この笑顔ともう少し一緒にいるのも悪くなかっただろう。
「飯ぐらい、付き合ってやればよかったかな……」
もちろん今更そんなことを思っても遅い。今度の収録の時あたりに多少無理してでも時間を作って、一緒に飯を食いに行くのもありかな。そんなことを考えながら、俺はお茶を一気に飲み干した。
<おわり>
アイマスSS第ニ弾。キャラ崩壊? いいえ、アレンジです。春香は好きだけど、あのエンディングは納得いかねーッス。このSSにはそんな気持ちが現れてるとか現れてないとか。