「それは舞い散る桜のように」考察


※まず最初に申し上げておきますが、これはかなり管理人の主観・想像の入った文章となっております。軽い気持ちで読んで頂けたら幸いです。

 

まず『舞人とは何者なのか』から考えてみます。これがいきなり分かり辛いところなんですが、やはり『桜の精』と考えるのが一番妥当かと。理由としてはまず桜香の存在があります。『桜香と同じ存在』だった、という記述から桜香の正体がわかれば自ずと舞人の正体も浮かび上がってくる訳です(「だった」と過去形であることにも注目)。では桜香とは……となるとこれはもう断言レベルで『桜の精』と言えるでしょう。

などからそれはわかります。となれば舞人も『桜の精』ということになりますね。他にも舞人自身の言葉で「汚れている」などと言葉もありました。これは自分が純粋な人間ではない特異な存在であると言っているのでしょう。ただし反証として朝陽の発言に舞人を指して「ヒトの子」というものがあります。これが表しているのは

  1. 舞人は元々人間である
  2. 舞人は桜の精から人間になった
  3. 『桜の精』でありながら人間と暮らしている舞人を「ヒト」と評している

などが考えられますが私は2を主張いたします。上記の理由から1は除外されますし、3の場合はちょっと苦しいかと。たびたび登場してきた「丘を下りる」という表現は「人間になる」とイコールでしょう。逆に言うと「丘に帰る」と言うのは「桜の精に戻る」とイコール。もちろんこれは「丘からの出入り」などと言う物理的なものではなく精神的なものです。

以下舞人を『元・桜の精』として話を進めます。

 

前提として『元・桜の精、そして元・桜の精と恋愛感情を持った人間はその想いを強制的に忘れさせられる』ということにします(理由は後述)。その上で舞人について考えてみます。

まずはその過去から。

舞人は『桜の精』でした。そして桜の丘で桜香と共に居たのでしょう。おそらくそこには朝陽も居たのでしょうがとりあえずここでは考えないことにします。舞人の回想で朝陽との過去における交わりが無かったのは「共に居る」というのは精神的な表現であるため、朝陽は「共には居なかった」と言えるからでしょう。どう考えても朝陽が舞人や桜香と仲が良かったとは思えませんし。

人外の存在である『桜の精』。彼らは人間よりも見かけ上の成長が遅く、長生きする存在です。それは舞人が普通に成長しているにも関わらず桜香が子供のままであることからも想像できます。もしかしたら人間の一生を桜の一生と重ね合わせた場合の比率分の成長をするのかもしれません(仮に人間が100歳まで生きて、桜が500年生きるのだとしたら成長のスピードは5分の1になる、といった感じで)。とにかく舞人と桜香は永い間、桜の丘で互いを求め合い、共に暮らしていました。それは穏やかな生活だったかもしれませんが、逆に言うとそれだけの生活。他人との接触が皆無であり、そこからは何も発展しない閉じた世界。

そんな時に現れたのが舞人の母親。舞人が夢の中で当時を思い出した時に「女の人」と称しているのは舞人の母親でしょうし、「女の子」ではなく「女の人」という表現をしていることから既に舞人よりも見かけ上はかなり年上だったことがわかります。そして『人間』との触れ合いによって得られる温もりが舞人の中で桜香との生活を超えてしまったのです。つまり『桜の精』同士による小さなコミュニティーよりも『人間』との生活に憧れ、「(より広い世界への)希望」を抱いたわけです。その時舞人は「丘を下りる」、つまり「人間になる」決意をしました。舞人が『桜の精』だったことを忘れていたのは「人間になる」時の代償だったと考えるのが自然です(完全に記憶から消えていたのではなく、後に思い出したことを考えると『封印されていた』と考える方が正確かもしれませんが)。エンディング間際の桜香のセリフで『人間』とは「この場所や自分(桜香)を忘れてまでも」手に入れたいものなのか、というものがありました。この言葉からも「丘を下りる→記憶を失う」ということが想像できると思います。

そして人間となった舞人は母親と共に桜坂で暮らすようになり、その暮らしの中で出会ったのが希望でした(舞人の母親が希望のことを知っていたことから、希望よりも先に舞人と会っていたことは明白です)。舞人が人間になった後も完全には頭から消えていなかった桜の丘で遊んでいたのは不自然ではありませんし、その際に桜香が舞人に対して何もアクションを起こさなかったのは自分を捨てた舞人に対して怒りを覚えていたからと考えられます。後の話になりますが、大きくなって桜坂に帰ってきた舞人に対して桜香が接してきたのは、時間が舞人への怒りを軽減し、想いを募らせたからと考えれば辻褄があいます。そして子供の頃の舞人と希望は希望のおばあちゃんも交えつつ、交流を深めます。そして2人は幼心に相思相愛になりますが、その時働いたのが『元・桜の精、そして元・桜の精と恋愛感情を持った者はその想いを強制的に忘れさせ』る力。結果として希望は舞人に対する恋愛感情と共に舞人のことそのものを忘れてしまいます。また『元・桜の精』である舞人にも例の力が降りかかり、舞人もそのことを忘れてしまったのでしょう(現代において舞人がヒロインのことを忘れなかった理由は後述)。2人が互いのことを忘れてしまったタイミングですが、これは希望が先だったと思います。舞人は自分の元を去っていく希望の後姿を見ていますからね。舞人の母親は希望との別れを悲しむ舞人を見て、舞人同様に悲しんだことでしょう。決して人間と結ばれることの無い舞人という存在の悲しさに。そこで舞人の母親がとった行動が「桜坂」を離れる、と言うもの。これは結構重要な意味を含んでいると思います。

これはつまり【桜坂から離れれば舞人は大丈夫】ということを意味しています。朝陽の賭けの相手と言うのはおそらく舞人の母親と思われます。『桜の精』の事情に精通し、なおかつ『元・桜の精』である舞人を育てることを決意した舞人の母親は一体何者なのか。普通に考えると、遊びに行った丘で会った少年をいきなり引き取って育てる……なんてことはあまりに不自然です。

私は舞人の母親も『元・桜の精』だったのだと思います。おそらく舞人の母親は朝陽と共に桜の丘にいた時があったのでしょう。その頃から『人間』との絆に憧れていたであろう舞人の母親(朝陽が舞人に向かって「君たちは絆ってやつを〜」のような言葉を吐いていました)と朝陽の間で交わされた1つの賭け。それは『元・桜の精と人間は愛し合うことができるか』という賭けです。舞人と同じように人間と出会い、「丘を下り」て人間となった舞人の母親は人間と愛し合い、そして悲しい別れを体験したのでしょう。その時『桜の精』であった記憶を取り戻しても、決して「(元)桜の精と人間が愛し合う」ことを舞人の母親諦めませんでした。おそらく朝陽との賭けはこの時にしたのだと思います。朝陽が「人間と賭けを〜」と言っていましたから。舞人にも「ヒトの子」と言っていたことからも朝陽は『人間になった元・桜の精』を仲間とは認めない傾向にあるようですので、「人間と賭けを〜」と言っている以上、賭けをした時点でその相手は『人間』だったと思います。

とにかくこれで舞人の母親が『桜の精』の事情に詳しい理由や、舞人を引き取って育てた理由も説明ができます。舞人が桜香に人間と交わるよう薦めたのと同様他の『桜の精』にも「丘を下り」て人間との間の温もりに触れてもらいたかったのと、『人間』となった舞人に人間との愛を成就してもらいたかったのです。そして舞人の母親は舞人と希望の時に朝陽との賭けに敗れています。朝陽が舞人に向かって「またぼくの勝ちだ」と言っていたのはこの賭けに一度勝っていたからなんですね。悲嘆に暮れた舞人の母親(舞人が「女の人が泣いている」のを見たのはこの時かと思います)は賭けを放棄するかのように舞人を連れて雫内へ。ちなみにその前日に舞人はかぐらと会ってます。その時舞人がかぐらに強くなるよう言ったのは非常に興味深いと思います。自身も辛い別れを体験した舞人はそのことを忘れてしまったとしても心のどこかに「強くあろう」という気持ちがあったのでしょう。それがそのままかぐらへの言葉になったのではないかと思われます。

その後舞人は雫内で小町と出会います。成長して桜坂に帰りたがったのは一種の帰巣本能でしょう(麦兵衛も帰巣本能が云々と言ってましたが一種の伏線?)。舞人の母親が舞人のことを忘れていないのは舞人との距離を近づきすぎないよう気をつけているためではないでしょうか。そうなるとあの親子の傍から見ると喧嘩しているようにすら見える会話もそのせいかもしれません。人間の世界に舞人を留めるのは何も恋愛感情だけでなくともいい訳で、それは親子の愛情も同じなわけです。なので舞人と母親の仲が良すぎると舞人の母親にも『力』が降りかかる可能性があった訳です。まぁ雫内に行ってもそれが続いていたところを見るとあれが母親の素なのかもしれませんが。

 

長くなったので舞人の過去を含めた事象を時系列に一度まとめます。

  1. 舞人の母親と朝陽が桜の丘で誕生
  2. 舞人の母親が「丘を下り」て人間となる
  3. 人間との愛を成就できなかった舞人の母親と朝陽の間で賭けが行われる
  4. 舞人と桜香が桜の丘で誕生
  5. 舞人の母親が丘にやってきて舞人に人間の素晴らしさを教える
  6. 舞人が母親と共に「丘を下り」て人間になる
  7. 舞人と希望と出会い、そして互いのことを忘れさせられる
  8. 舞人の母親が舞人を連れて雫内へ移住
  9. 雫内で舞人と小町が出会う
  10. 舞人が桜坂学園入学と共に桜坂へ
  11. 作品本編へ

こんな感じではないかと。

 

先ほども述べましたが、舞人の母親の行動から「舞人とその相手に降りかかる力は桜坂でのみ発生」と想像できます。舞人にとっては小町は初恋の相手(希望を忘れてるから)であり、小町にとってもそれは同じだったことにも注目してください。それでも小町は舞人への想いを失うことはありませんでした。それは舞人が小町への想いを表に出さなかったのも理由になるかもしれませんが「そこが桜坂じゃなかったから」とも考えられます。以上のことから

【舞人とヒロインにかかる『力』は桜坂に存在する何者かによるもの】

と言う事がわかります。桜坂に存在し、舞人達に影響を与えうる者……それは誰か。朝陽でも桜香でもないとすると、考えられるのは『桜の丘』そのものでしょう。そして『桜の丘』の目的は「桜の精たる舞人を自分の元に戻す」ため。『桜の丘』とは一体何なのか。それは想像するしかないのですが……まぁ特別な場所であることは間違いないでしょう(『桜の精』が集う場所? もしくは生まれる場所?)。

 

次に『桜の丘』の『力』について。つまり「ヒロイン達に舞人のことを忘れさせた力」についてです。忘れると言ってもパターンは複数ありました。

青葉ちゃんは何も言わずに居なくなってしまったので不明とします(まぁ覚えていたら挨拶ぐらいはしてから引越したでしょうから完全に忘れるパターンだとは思いますが)。小町シナリオをクリアした時にも考えたのですが、ヒロイン達が忘れる……と言うよりも失うのは「舞人への恋愛感情」、正確に言えば「舞人に対する友好的な感情」でしょう。これは希望やつばさが「桜井君」と呼んだことからわかります。希望やつばさは舞人に対して恋愛感情を持つ以前に「クラスメート」と言う関係がありました。小町やこだま先輩は舞人に対して「恋愛以外の関係」を持ち合わせていなかったのでしょう。友人関係と先輩後輩の関係を同等のものとして考えればこだま先輩が「舞人に対する友好的な感情」を失った時、舞人のことを忘れてしまったことも説明がつきます。部活仲間、という関係はどうかと言われるかもしれませんがこだま先輩が舞人に対してその意識を持っていた描写は無かったと思います。モノ書き『桜井ハンサム之介』としての舞人は存在したかもしれませんが、それはあくまで個人的な感情。なので恋愛感情・先輩後輩関係・個人的尊敬が無くなればこだま先輩と舞人を結びつけるものは無くなります。

 

『桜の丘』の『力』の目的は舞人を自分の元に連れ戻すこと。ヒロインが「見せられていた夢」「不安」「悲しみ」を煽るためのものと思われます。その「不安」「悲しみ」に押しつぶされた時に「忘却」となるのでしょう。そしてその現象はヒロインだけでなく、舞人も例外ではありません。実際に子供の頃希望のことを忘れていますし、朝陽が「舞人ももうすぐ全てを忘れてしまう」と言う意味合いのことを言っていたことからもそれはわかります。恐らく舞人がヒロインと同様に不安や悲しみに押し潰されていたら、やはり同様にヒロインへの愛を忘れてしまったかもしれません。でも舞人は忘れませんでした。それは何故か。そのヒントは桜香の言葉にありました。

「笑っていてください」

「不安」や「悲しみ」に押し潰されず、決して笑いを絶やさないで生きて欲しい。そんな桜香の言葉。これは桜香の願いであると共に、『桜の丘』の『力』に対抗する唯一の手段だったのでしょう。子供の頃、希望を失った舞人は対抗しきれずに希望のことを忘れてしまいました。そして今回もひょっとしたらそうなっていたかもしれません。でも忘れなかった。成長して舞人が強くなっていたのか。ヒロインへの愛が昔の希望の時よりも深かったのか。それもあったかもしれませんが、それ以上に今回舞人は多くの優しい人間に囲まれていました。それは親友の山彦だったり、担任の浅間先生だったり、ドクターイエローだったり、サブヒロインだったり。舞人は谷河教諭に「もうすぐこだま先輩のことは忘れる」と言った意味の言葉を吐いていました(希望にも同様のことを言っていました)。舞人はもうすぐ自分が絶望に呑まれ、愛する人のことを忘れてしまうことを分かっていたのでしょう。しかし舞人は多くの温かい人に囲まれて、絶望に浸ることがなかったためにヒロインを忘れなかったのです。

 

それでは桜香による『一度きりの機会』とは何だったのでしょうか。まず分かっていることは桜香がその言葉を発してからエンディングまでには早くて1週間。長いと1ヶ月以上の間が空いていることです。その期間がバラバラ(正確には二通り)なことから、与えられた『機会』によって舞人自身どう行動すればよいのか知らなかったことが分かります。やるべきことが分かっていれば舞人はすぐに実行していたでしょうし、各エンディングで舞人が期待はしていたけれど確信は持っていなかったことからもそれは分かるでしょう。つまり舞人は知らず知らずのうちに『機会』を活かしきったことになります。各ヒロインが舞人を思い出したのにはそれぞれきっかけがありました。

希望は自分が教えた曲の口笛を舞人が吹いていたのを聞いて(「離れなければいい」「そのつもりできた」と言うのは会話の流れってことで)。小町は自分が舞人に頼んでいた誕生日プレゼントを見て。つばさは舞人とキスした時と同じ夕焼けを見て。こだまは舞人に預けていた自分の大切なノートを見て。青葉は舞人と暮らしたアパートを見て。いずれにせよ「舞人との絆」を表す何かによってヒロイン達は舞人のことを思い出しています。おそらくこれが桜香によって与えられた「一度きりの機会」。それでも舞人のことを思い出さなければもう桜香にもどうすることもできない、ということでしょう。そしてヒロイン達が舞人のことを思い出したことや、自分が舞人のことを忘れていたことすらも思い出していたことから彼女達は「想いを消された」のではなく「想いを封印されていた」ことが分かります。つまり『桜の丘』の『力』とは

「元・桜の精と、それを愛した人間に不安と悲しみの感情を与え、それにより恋愛感情を封印する」

という力であり、以上を踏まえて桜香が何をしたのかを考えると

『封印を外した。ただしそれだけでは記憶や感情が戻ることは無く、それらを取り戻すには舞人との絆を呼び覚ます強力なきっかけが必要だった』

と言う事になります。桜香は信じていたのです。舞人と、舞人とヒロインを結ぶ絆の深さを。だからこそ最後の別れのシーンで舞人にそのことを言わなかったのでしょう。

 

次に『桜の精』たちについて考えてみましょう。登場する『桜の精』は以下の通り。

現在の段階で桜の丘に桜の木が2本しか生えていないところを見ると、それらは桜香の木と朝陽の木と考えることができると思います。舞人と舞人の母親の木は、2人が人間となった時に枯れてしまうなり、消えてしまうなりしたのではないでしょうか。

もしくはプロローグの時点で舞人が「吸い込まれそう」に感じた桜の木が、希望エンディングにおいてはしっかりと支えられているように感じられたことからその木が舞人の木であり、桜香と完全に別れを告げたことによって『元・桜の精』という呪縛から解き放たれた……とも考えることができるかもしれません。そうなると本数が合わなくなるような気もしますが、桜の木の片方は枝分かれしていました。ひょっとしたらその枝分かれしているのが『舞人&桜香』の木なのかもしれません。あ、でもそうなると舞人の母親の木は……むぅ。

 

桜香について。

彼女が一体どんな存在だったのかを考えてみます。桜香は人間に対して一種の恐れや嫌悪のようなものを抱いていました。それは人間の心に触れたことが無く、また交わったことも無いために感じていたもの。しかし舞人が「2度目の別れは自分が与えた」と言っていました。つまり桜香はそれ以前に別れを一度経験していて、しかもそれによって人間不信に陥っていたのです。でも桜香は人間と交わったことがない……となると桜香は過去に「人間によって別れさせられた」ことがあったのでしょう。では誰と別れたのか。それはおそらく他の『桜の精』ではないでしょうか。人間に憧れ、人間となって桜の丘を去ってしまった『桜の精』が他にもいたのでしょう(年代が違うので舞人の母親ではないと思います)。その後舞人までもが人間の元へと去ってしまい、しかも人間はそんな『自分(桜香)を捨ててまで人間になった元・桜の精』達のことを忘れてしまっている……それで桜香の人間不信は深まった、と言う事です。そして舞人が成長して桜の丘にやってきた時、桜香は心から喜び、しかし自分達の過去を覚えていない舞人を見てさぞかし悲しんだことでしょう。

オールクリア後、公園で和人の呼びかけに桜香は応えました。それは舞人とその相手の絆を信じたことにより、桜香自身も人間を信じてみようとした心の変化に他なりません。そもそもあの公園で姿を見せていること自体、人間(和人?)への歩み寄りの姿勢の表れと言えます。そしてその後桜香と和人がどうなるのかは……プレイヤーの想像にお任せします、と言ったところでしょうか。あれが次回作への伏線だとは私は全く思っていません。舞人が絆を取り戻すきっかけを作り出した桜香本人が幸せになれない……そんなことがあっていいわけありませんから(←個人的感情)。あれは桜香が『人間』として踏み出すための第一歩を我々に見せてくれた製作者さんのサービスだと思います。現段階では桜香は『桜の精』のままですが、舞人にとって母親が「希望(「のぞみ」じゃなくて「きぼう」)」となったように、いずれは和人が桜香にとっての「希望」となるのでしょう。そして和人なら大丈夫……と信じています。

 

朝陽について。

こいつに関してはあまり言う事はありません。長く『桜の丘』の上から、時には街に下りて人間社会を見てきた朝陽は人間の「汚さ」と言うものを多く見てきました。それ故に人間との絆というものを信じる舞人や舞人の母親とはことごとく対立していたのでしょう。そして舞人の母親との賭け。その賭けの対象であり、憎むべき女の『息子』であった舞人への嘲笑。圧倒的な力を持ち、ゲームの傍観者として舞人を愚弄するその姿を我々は憎憎しく思っていましたが、全てが終わってみれば単なるピエロでした。願わくは朝陽も人間との絆の深さや強さを知り、「丘を下りる」決意をしてもらいたいものです。

 

 

エンディング後、舞人とヒロインはどうなるのでしょうか。

それについては問題無いと思います。ひょっとしたら今後も『桜の丘』による精神攻撃(笑)が起こる可能性もありますが、それが『桜の丘』によるものだと理解し、かつそれに負けない絆を築いた2人ならそれに充分対抗しうるでしょうし、それに舞人が『元・桜の精』という呪縛から解き放たれているのだとしたらこれ以上『忘却の力』の妨害が入ることも無いでしょうし。

 

 

以上が私の「それは舞い散る桜のように」の考察です。書きながら考えた部分が多いのでかなり読み辛いかもしれませんが御容赦ください。ずいぶん自分勝手なことをツラツラと書いてきましたが、最初に申し上げました通り「まぁこんな考え方もあるかもね」ぐらいの軽い気持ちで読んで頂き、多少なりとも共感を覚えて頂けたら幸いです。

 

皆さんから頂いた考察


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