2002.4.10 「まだ何も言えない……」編
早く……早く続きを!!
【2/12】
健二が起きたらもう夕方でした。
ちなみに雪希は明後日(2/14)から部活の合宿だそうです。楽しんでおいで。
夜。
ガタガタガタッ
「あ〜け〜てよぉ〜」
「はいはいはい」
そしてまた昨日の本、つまり街の案内などが載っている本を広げて眺める2人。
そこで出てきたのはとあるファミレスです。
1つのジュースを2人で飲んでいた恥ずかしいカップルのいた例のファミレス。
健二は恥ずかしいヤツラだよな、なんて言ってますが日和はまんざらでもありません。
「にゃは〜」
「って、なんだその顔は?」
「…えっ」
「…その顔は変な想像をしてる顔だな?」
「ち、ちちちがうよぉっ」
わかり易すぎる日和。
健二も日和が喜ぶのであれば連れて行ってあげたいのです。
賑やかな場所に日和を連れていくことはできません。
でも。
「遊園地やファミレスは無理でも…それ以外だったら連れて行ってやるから…」
「う、うん…ありがと」
「じゃ、早速だけど行くか?」
「えっ」
「海なんかどうだ?」
「…海?」
「ああ、昔よく一緒に行っただろ?」
「あ、でも…」
「大丈夫だって人目を避けりゃ行けるさ」
「う、うん…」
「…それとも、海は嫌か?」
「そ、そんなことないよぉ、…行きたい」
「よし、じゃあ行こうぜ」
「えへへ」
人目を避けて日和と海へ向かう健二。
できるだけ健二が日和を覆い隠すように道を歩きます。
転んだ日和に手を差し伸べつつ……。
夜の星と、海からの潮の香り。
「久しぶりだな…」
「…うん」
真冬の夜の渚。
誰もいない波打ち際。
冷たく澄んだ空気が描く、真っ暗な空の冬の星座。
「ねえ…、けんちゃん」
「なんだ日和?」
「…綺麗だね?」
「ああ、そうだな」
海からの風を受けて、夜空に揺れる日和の長い髪。
いつもは見せない寂しそうな顔の日和。
そんな日和を見ると健二の胸にも切ない気持ちが湧き上がって……。
(わ、わわわっ)
「ほら、気をつけろよ」
(な、波が〜っ)
(にゃ〜…)
「もう、しょうがねえな〜」
波打ち際で遊ぶ日和。
「ほら、大丈夫か?」
「ちょっと濡れたよぉ〜」
「ははは」
日和はもうさっきまでの寂しそうな表情から、いつもの日和に。
日和らしいと言えば日和らしい、と健二。
「なあ、日和…」
「?」
出掛ける時に詰め込んできた物をポケットから取り出す健二。
「ほら…」
「?」
「実はさっき、家から持って来たんだ」
「…缶ジュース?」
「ああ、それと…」
そう言って健二がポケットから取り出したのは2本のストロー。
「今日だけの限定サービスだからな…」
「えっ…」
プシュッ
缶ジュースのプルタブの開く音。
小さな飲み口に突き立てられたのは白い2本のストロー。
その片方に口をつける健二。
「…ほら、早くしてくれよ」
「えっ!?」
「俺一人だったらバカみたいだろ?」
「あ、あの、そそそその…」
「…ほら」
そう言ってもう1本のストローを日和の方へと向ける。
「………」
「…それとも、こんな場所じゃ嫌か?」
「………ありがと…」
冷たい北風が吹きぬける砂浜。
ストローをくわえたまま、ゆっくりと飲み始める2人。
「…ちゃんと飲んでいるか?」
「うん…」
「美味いか?」
「うん」
「…これ、特価の缶ジュースだぞ?」
「えへへ…でも美味しいよ」
ただ普通の短いストロー。
口をつけるとお互いの顔もすぐそば。
健二の頬に触れる、日和の柔らかい髪。
「…悪いなこんな場所で?」
「ううん、嬉しいよ…」
「そうか」
「うん…」
小さな缶ジュース。
2人で飲めばすぐに無くなってしまうほどに小さな。
「なあ日和…」
「うん?」
「…お前、ちゃんと飲んでいるか?」
「えっ? う、うん…」
「そうか…」
「………」
…嘘だ。
俺は気づいていた。
途中まで飲んだ所で、日和は飲むふりをしていた。
…小さな缶ジュース。
全部飲んでしまったら…
今、こうしている時が終わってしまうようで…
それがとても…
「ねえ…、けんちゃん」
「…どうした?」
「…ちゃんと飲んでる?」
「ああ、ちゃんと飲んでるぞ…」
「…うん、わかった」
冷たい海の風。
砂浜を洗うように打ち寄せてくる光る波。
どこまでも伸びていたその白い線。
「いつまでも……無くならないといいね?」
寒い風の中、手に持った小さな缶ジュース。
空になってしまうと、今が終わってしまうような気がして…。
…それが怖かった…。
・
・・
・・・
・・・・
・・・・・
・・・・・・
おい……………………。
責任者出て来い………………。
誰だよ………………。
誰だよ、このシナリオ書いたの………………。
誰だよ、このシナリオ書いたのはよぉ!?
いいか!?
言わせてもらうぞ!!!
ありがとうございました!!!
と、言う訳で。
いまだかつて。
俺のパソゲー人生において。
ここまで悶えたことはありません。
ぶっちゃけた話、悶死です。
でもそれだけではなく。
この幸せがいつまで続くかもわからない2人の気持ちが……想いが……。
この俺を途方もなく切なくも淡い気持ちに…………。
断言します。
これはエロゲー…………いや、
歴史に残すべき名シーンです!!!
あううぅ……日和ぃ…………。
と言う訳で、このシーンを4回ほど見返しました。
見れば見るほど悶え、そして切なく…………。
俺どうなるんだろーか?
『リンゴ剥いてあげようか?』
「…うん」
病院の日和。
翌日に迫った手術に日和は不安を隠せません。
母親は大丈夫だと言いますが日和は知っていたのです。
自分が元気になるにはその手術が終わらないといけないこと。
とても難しい手術だと言うこと。
うまくいかなかった場合は……死んでしまうこと。
その事を教えてくれた父親は日和に聞きました。
何か悔いは無いのか、と。
できることだったら、何でもやってやる。そう言う父親に心から感謝している日和。
日和は考えました。
自分の願いは何か。何か悔いは無いのか。
ずっとそのことを考え、眠れない日もあった。
……でも何も思い浮かばなかった。
強いて考えるならば。
今まで悔いることは無かったかと聞かれて…
何も思い付くことができない、そんな普通の生き方が切なかった。
本当は…とても大切は事が…
きっときっと…やりたかった事が…
…あるはずなのに…
暗い窓の外を見つめる日和。
最近よく眠っている、と母親は言います。確かにその通りでした。
ここ数日、眠っていると楽しかった気がする。
眠るときも嬉しい気持ちになれる。
その理由を日和は知る由もありませんでした……。
そうか……。
入院している日和。
もしかすると死んでしまうかもしれない日和。
そんな日和にとっての『悔い』。
それは健二との事だったんでしょう。
自分では気付かなくても、心のどこかで健二のことを。
だから健二の元に日和は現れたのかも……。
【2/13】
すっかり夕方に目が覚める習慣がついてしまった健二。
部活から帰ってきた雪希の作ったご飯を食べて夜を待ちます。
そして日和が来る時間。
健二の部屋には日和と遊ぶためのものがたくさんありました。
それらは全て健二が用意したもの。
2人でも遊べるボードゲーム、トランプ、クイズ本の類 etc etc...
本当なら健二は普通のゲームの方が好きだし、今時こうゆう物って気がしないでもありません。
でも健二にとっては自分が楽しいことよりも、日和が嬉しそうに喜んでくれる事が楽しく思えるようになっていたのです。
ガタガタガタッ
「来た!」
ダッシュでクローゼットへ。
『あ〜け〜…』
ドカドカドカッ
ギギギ…
「わ、わわわ…」
「よお」
「び、びっくりした…」
「…そうか?」
「う、うん、今日は早いね〜?」
「…まあな、目の前で待ってたからな」
「えっ…」
「ん?」
「…ホントに?」
「何がだ?」
「…来るの待っててくれたの?」
「あっ…」
「……」
「……」
「えへへ…」
思わず本音を言ってしまい、照れくさい健二に満面の笑顔を浮かべる日和。
その時健二は日和が何か白い小さな物を持っているのを見つけました。
「…ストロー?」
「あっ、え、えと、その…」
それは昨夜2人で使ったストローでした。
恥ずかしいから捨てろと健二が言うと日和は「だって…」と哀しそうな顔に。
そんな顔をされたら健二も強いことは言えません。
わかったよ、と言う健二の言葉に笑顔の日和。
結局最後は日和の照れ笑いで話が終わるのです。
子供の頃と同じように。そしてそれを嬉しく思う健二。
明日また行こう、と健二はカレンダーを指差しながら言いました。
翌日は2/14。カレンダーのその日付の下には小さなバレンタインデーという文字が。
『その日』に2人で逢う意味。
そのことをわかっていながら、いやわかっているから健二はそう言ったのでしょう。
日和もそれがわかっているから言葉に詰まってしまうわけで。
「あ、あの、そそそそのっ…」
「…俺とじゃ嫌か?」
「ううん、ううんっ!」
ぶんぶんと思いっきり首を振る日和。
「で、でも…わ、わたしなんかじゃ…」
「…日和?」
「皆んなみたいには、どこにも行けないし…」
「……」
「せっかくのバレンタインなのに…」
「…日和?」
「……」
しょうがないやつだ、と健二。
「…バ〜カ」
「えっ」
「俺は賑やかな所がキライなんだよ」
「で、でも…」
「でもじゃない。俺はな…」
(お前と一緒がいいんだよ…)
「えっ」
「………」
「ね、ねえ、い、いま何て言ったの?」
「な、何でもねえよ…」
「で、でも気になるよぉ〜」
「うるさい、うるさい」
明日は早く来れるといいな、と言う健二の言葉に素直に頷く日和。
年に1度の特別な日。きっと街中のカップルの特別な日。
健二は思います。
自分達にとっては、ただ海に行く程度だし、日和からはチョコだって貰えないけど。
それでも嬉しかった、と。
回想シーン。
『はい、お兄ちゃん…』
「ん?」
『あはは、頑張って作ったんだよ?』
雪希が健二に手渡してきたのは綺麗に包まれたチョコレート。
そのせいで話が中断してしまった日和の方に健二が向き直って話を続きを促すと「忘れちゃった」と日和。
じゃあせっかくだから一緒に雪希のチョコを分けてやるよ、と健二。
とても綺麗な包装紙にくるまれた雪希のチョコ。
「ほら、見てみろよ日和」
「う、うん…スゴイね…」
包装紙の中にはさらにキレイなチョコ達が。
1つ1つが丁寧にハート型をしたチョコ。
「ちっ、なんだよ雪希の奴…恥ずかしい奴だよな…」
「……」
「まあいいや、じゃあはい」
「…え?」
そう言ってチョコを1つ日和に手渡す健二。
「ほら、きっと美味しいぞ〜」
(えへへ…おいしいね…)
【2/14】
夕方目覚めた健二。
懐かしい夢。
子供の頃のバレンタインの日。
…どうしてだろう?
…あの時、日和はとても哀しそうな顔をしていた気がする。
雪希から健二にチョコをプレゼント。
わざわざ部活の合宿途中に戻ってきてくれたのです。ええ娘や……。
そのチョコを見て健二はあることに気づきました。
子供の頃から雪希からは毎年もらっているけど、日和からは1度も貰ったことがなかったことに。
日和が引っ越していってしまった日も。
もしも日和がくれる事があったなら、と健二は思います。
きっと素直には喜べないけど、俺にとっては一番嬉しかっただろうな。
ふと思い出されるのは雪希の言葉。
(お兄ちゃんの好きだった人だもんね)
その言葉は本当のことだったかもな、と健二。
「アイツ…早く来ないかな?」
夜。
いつも日和が来る時間になるとクローゼットの前で健二は日和を待っていました。
「…楽しみだな」
健二の目の前にあるのは食器棚の奥から引っ張り出してきたグラスが。
普段は滅多に使う事の無いようなおしゃれな感じのするグラス。
それに日和が好きだと言っていたオレンジジュースも。
そしてポケットには2本のストロー。
賑やかな遊園地やおしゃれな店に行くことができない2人。
冷たくて寒い北風が吹き続ける海くらいしか行けない健二と日和。
それでも日和は笑顔を向けてくれるはずだ。
健二はそう信じていました。
きっといつもの照れた顔で喜んでくれるはずだ、と。
「…日和、早く来ないかな」
日和の事を考えただけで幸せな気分になれる健二。
その想いは本物となりました。
でも…………。
「…どう? 具合はいい?」
「え、え〜と…」
病院の日和。
普段なら眠っているはずの時間です。
でもこの日に限って日和は眠れないままでした。
それは翌朝予定されている手術の為に日和に与えられた薬のせいでした。
母親はずっと一緒にいてくれる、と言ってくれました。
それでも寝ないといけないような気がする日和。
何故だかはわかりません。
ただ誰かがまっているような。何かの悔いを残しているような気がして……。
って余計なマネすんじゃねぇ!!!
日和を眠らせてやれよ!!
そして健二のところに行かせてやれよ!!!
……でもそれは日和が生きるためにはしょうがないことで……あうぅぅ。
「日和…」
部屋で日和を待ち続ける健二。
時計の針はすでに深夜の3時過ぎ。
今までこんな遅くなったことはありませんでした。
事情を知らない健二の心が……痛い。
握り締められて、たちまちにくしゃくしゃになってしまったストロー。
ドカドカドカドカッ
ギギギ…
いつもより多く叩いてクローゼットの扉を開く健二。それは健二の心の表れ。
「なんだよ…」
でもクローゼットの中には何も無くて……。
『美味いな、日和?』
「う、うん…」
子供の頃。
雪希のくれたチョコを日和と2人で食べた健二。
それは日和が引っ越していく前日のこと。
「お前もさ…いつか、くれよな?」
「えっ」
「楽しみにしてるからな」
「え、えと…そ、その…」
「な、日和?」
「………」
冬の早い夕焼けが少しずつ暗くなってくる頃。
北風に電信柱の高架線がびゅんびゅんと音を立てる頃。
「じゃあな、日和」
「あっ」
「ん、どうした?」
「え、えとね…そ、その…い、いっしょに歩かないかな…」
「…はあ?」
「す、すこしだけでいいから…」
「…ああ、別にいいけど」
夕焼けに染まる街を歩く2人。
「ね、ねえ、けんちゃん…」
「なんだ」
もしも…、と日和。
「もしもね、わたしがいなくなったら……さびしい?」
「はあ?」
「え、えと、だから…」
「お前、なに言ってるんだ?」
「あ、あの…だから…」
「全然、意味がわかんねーぞ」
「ご、ごめん…」
北風に揺れる日和の長い髪。
「あ、そうだ」
雪希のくれたチョコをポケットから取り出す健二。
「ほら、日和。もう1個やるよ」
「………」
「お前だけの特別サービスだからな?」
「ありがと…」
「じゃあな、日和」
「あっ…」
「なんだよ?」
「あ、あのね、え、え〜と…」
「?」
「…………」
「早く帰らないとテレビ始まっちまうぞ?」
「そ、その…」
『じゃ、じゃあね…』
翌日も、その翌日も学校に来なかった日和。
3日目に日和が引っ越したことを聞いた。
その時は何とも思わなかった。
だけどもう日和の顔が見れないと思った時。
いつも自分のそばで、あの照れた笑顔を向けてくれた奴がいなくなったと思った時。
健二は泣いた……。
『どうして来ないんだよ!』
『早く来いよ!』
真っ暗な部屋の中で声を上げている健二。
もうすぐ夜が明けてしまう。
ただの夜ではなく、日和が楽しみにしていた夜が。
大きく扉を開かれた、暗くて何も無いクローゼット。
約束も何も無く、別にまた来れるという保証も何も無く。
日和自身にもわからないし、どうにもならないことかもしれない。
「…また消えちまうのかよ?」
前も急にいなくなって自分を1人にしたくせに。
そのくせ急に現れて、あんな笑顔を向けてくれたのに。
…また俺を泣かせるのかよ。
「ばか…」
「日和のばか…」
そう呟いた時、健二は泣いていました…………。
【2/15】
『もうすぐね?』
「う、うん…」
日和の手術が行われる朝。
「ね、ねえ、お母さん」
「なあに」
「わたし…すごく不安だよ…」
「………」
何か心に引っ掛かることがある日和。
とても大切なことだったと思うのに……思い出せない。
「ねえ、日和」
「うん…」
「何かお母さんに……伝えたいことはない?」
「えっ」
「何でもいいから話して欲しいの…」
「お母さん?」
「うっ、うう…」
そう言って小さなパイプイスに座ったまま泣いた母親。
今まで普通に暮らしてきた、と日和。
ただ交通事故に遭っただけ。この世の中ではありふれた日常。
そんな普通のことに過ぎないのに。
「お、お母さんっ…」
そう呟いて日和も泣いた。
やりたいこともあった筈なのに…
後悔してる事もある筈なのに…
…たくさん、たくさんある筈なのに、何も思い付けない自分が悲しかった。
そんな、普通が哀しかった…
……ちょっとすいません。
今涙を拭いてるところでして……。
だ、だめなんですよ、最近。
こういう『病気』『怪我』『入院』『手術』ってキーワードにすっかり涙腺が弱くなっちゃって……。
健二の夢。
小さい時、クローゼットに日和を閉じ込めた時の夢。
…ゴメンよ、日和。
いつも泣かせてばっかりで…
ゆさゆさゆさ…
『…起きてよぉ〜』
『ねえ、けんちゃん』
「うん? ……ひ、日和!?」
健二が目覚めた時、夕焼けが残るオレンジの部屋で日和が笑っていました。
いや……『笑っていてくれた』のでした。
「ご、ごめんね…」
昨日は来れなかったみたいで、と日和。
でもそんなのは健二にとってはどうでもいい事でした。
ただ日和が、またこうして現れてくれた事がどんなに健二にとって嬉しい事か。
もう2度と会えなくなるんじゃないかと思っていた健二にとって、どんなに嬉しい事か……。
健二は日和に見えないように涙を拭います。
窓の外にはまだ夕焼けが残る空が。
いつもの日和が来る時間よりずっと早い時間です。
もう手術は終わったのでしょうか?
それを知る術はありませんが、朝から始まった手術なのでもう終わっているでしょう。
となると、今は麻酔か何かで病院の日和は眠っているはず。
でもそんな事を知らない2人は何故こんな明るいうちから日和が現れたのかわかりません。
だけど、またこうして日和と会えた事が健二にとっては一番嬉しいことでした。
また同じ時を一緒に過ごす事ができると思って健二は嬉しかったのです。
「…なあ、日和」
「うん」
「…バレンタインのやり直しするか?」
「えっ…」
「一日遅れだけど、いいだろ?」
健二は嬉しいと同時に怖くもありました。
また日和が消えてしまうのではないか、と。
だからこそ、もう後悔はしたくなかったのです。
「…お前の行きたい所へ連れてってやる」
「………」
「なっ、行こうぜ?」
「う、うん…ありがと」
笑顔の日和。
「えへへ…」
この笑顔のためなら健二はなんだってやれるんだろうなぁ、と俺は思います。
いつもの照れたようなその笑顔。
健二にだけ向けてくれるその笑顔をいつまでも消えないで欲しい、と健二は思うのでした。
出かけようとして靴の問題に気付きました。
まだ明るいうちに日和が靴を履いて出歩くわけにはいきません。
困った顔を健二に向ける日和ですが、健二はそんな顔を日和にして欲しくありませんでした。
「…心配すんなよ?」
「えっ?」
「ほら、これで問題無し…」
「きゃっ」
「なっ?」
日和を抱き上げた健二。
その日和の身体から感じるのは温もり。
腕が疲れちゃうよ、と日和。
大丈夫だ、という健二の言葉を聞いても日和は寂しそうに俯くばかり。
健二に迷惑をかけていることを気にしているのでしょう。
でも健二が見たいのはそんな哀しい顔ではなく。
「だからさ、そんな顔すんなよ…」
「………」
「ほら、いつもの笑顔を見せてくれよ?」
感じる日和の温かさを嬉しく思う健二。
もうどこにも消えて欲しくない、と。
2人が向かったのは町外れにオープンした小さな遊園地。
雑誌で見て、日和が行きたがっていた場所。
着いた頃にはもうすっかり日が暮れていました。
「ここじゃ、嫌だったか…」
「ううん、ううん!」
ぶるんぶるんっと大きく首を振る日和。
「よし、じゃあ入るぞ」
「う、うん!」
たくさんのカップルで賑わう遊園地。
みんな楽しそうだね、と健二の腕の中で照れた笑顔を見せながら日和が呟きました。
「じゃあ、俺達もさ…」
「う、うん?」
「…楽しもうな?」
「うん!」
まず何から乗る、と言う健二の質問に対する日和の答えは「下に降ろして欲しい」。
みんなみたいに並んで歩きたい、と日和は言います。
仲良く腕を組んで歩いている通りすがりのアベック達。
健二は素足の日和をそっと地面に降ろしました。
足が辛くなったらいつでも抱きかかえてやるからな、と健二。
そして日和に差し出されたのは健二の手。
「日和…」
「?」
「はい…」
「えっ」
「………」
「あ、あの、え、え〜と…」
「ほら、早くしろよ?」
「そ、その、わわわたしっ」
照れて赤い顔をしている日和。
思わずそのまま日和の手を握る健二。
二度と離れぬよう、もう流されぬよう、ぎゅっと。
「よし、日和。あれ乗ろうぜ」
そう言って健二が指差したのはコーヒーカップ。
「…さあ、一緒に乗ろうぜ」
「う、うん!」
「うわ〜、綺麗だね〜」
「あっ、動き出すぞ」
「わ、わわわ…」
遊園地のネオンの中、2人を乗せて回りだすコーヒーカップ。
「ほら、ここに掴まれよ」
「あっ…」
カップの中央にあるテーブルに健二は手を伸ばそうとしますが……
「…日和?」
「………」
「…どうした?」
「え、えとね…あの…離さないで……」
「………」
「………」
「わかった…」
2人で繋いだ手をもう1度強く握る健二。
カップが回転する度に、流れる高汚染へと変わっていくネオン。
夜空に映る冬の星座も同じように線となって流れていく。
「えへへ…楽しいね、けんちゃん?」
「ああ、楽しいな日和」
「あ、あ〜ん、あんまり強く回さないでよぉ〜」
「はははっ」
(ね、ねえ、あの人すごいわね…)
(ああ、一人で乗って笑ってるぞ…)
そんな楽しそうな2人も、周りから見たら健二一人でコーヒーカップに乗ってるようにしか見えません。
「えっ…」
「……」
(まったく恥ずかしくねえのかな?)
(ほら、あんまり見ない方がいいわよ)
「そ、そんな…」
誰かこいつらを黙らせて下さい。
何なら射殺しても結構です。俺が許します。
こんな……こんな幸せそうな日和の笑顔を曇らせやがって……。
途端にしょんぼりと俯いてしまった日和。
「ばか、気にすんなよ」
「で、でも…」
「いいんだよ、言わせておけ」
「………」
「だからさ、日和…」
「う、うん…」
「…ほら、笑ってくれよ?」
「えっ?」
「…いつもの笑顔を見せてくれよ?」
「………」
「なっ?」
「う、うん…」
繋いだ暖かい手。
例え俺にしかわからなくてもいい。
今、この時を一緒に過せるなら、別に笑われたって構やしないさ…
その後もいくつかの乗り物で遊んだ2人。
健二は日和を抱きかかえて歩きます。
『…また来ようね?』
『…次も楽しみだね?』
そんな当り前の会話。
退屈で平凡で……普通のこと。
そんな約束も2人には哀しい意味を持っていることを健二と日和は知っていました。
だからこぞ明るく振舞っていたのかもしれない、と健二。
だからこそ、今この時を大切にしたいと思ったのかも知れない、と。
ついでに行きたい所がある、と健二は商店街へと向かいました。
そして2人が入ったのは1軒のレストラン。
オシャレに縁の無い健二にとっては精一杯のエスコート。
イスを引いてテーブルの向かいの席に日和を座らせます。
「…ありがと」
しばらくしてアルバイトらしき店員がやってきました。
健二の注文はオレンジジュース1つ。
かしこまりました、と去ろうとする店員。
でも健二のオーダーは終わっていませんでした。
「…ストロー二つで」
「はい?」
「オシャレなストローも二つ…」
「か、かしこまりました…」
2本のストローに、オシャレなカップのオレンジジュース。
周りからはそんな健二を蔑む視線と声。
「あ、あの…」
「………」
「わ、わたし…」
「いいから」
「で、でも…けんちゃん」
「いいから気にしないでくれ…」
窓際に座った2人。正確には健二一人に注がれる周囲の客の視線。
「……」
「………」
「……」
「………」
寂しそうに、哀しそうに、見つめ合ったまま黙っている2人。
そして……
「なあ、日和…」
「うん…」
「…キス……しようか?」
「えっ…」
「ほらっ…」
「きゃっ」
日和の手を握り、そっと顔を近づける健二。
涙ぐんだまま、ただじっと健二を見つめる瞳。
「…日和」
「わ、わたし…」
柔らかい唇の感触。
閉じた目から溢れる涙。
こんなに近くにいるのに…
胸が切なかった…
あまりにも……切ない……切な過ぎる……。
これ以外言えない…………
これ以上言えない…………。
「うっ、うう、ぐすっ…」
健二の部屋に帰ってきた2人。
部屋には日和の泣き声だけが響いていました。
「うっ、ひっく、ううっ」
「や、やっぱり…わたし…」
「み、みんなとは違うからっ」
「ぐすっ、うっ…」
「日和…」
泣き続ける日和の姿に、ただ自分の無力さを悲しむ健二。
こんなに近くにいるのに。
やっとまた側に居てくれるのに。
「も、もしも、わたし…また消えちゃったら…」
「日和…」
「も、もう会えなくなるのかな?…」
「そっ、そんなことっ!」
「そんなこと…」
(あるわけないじゃないか)
そう続けたかった言葉。でも続けられなかった言葉。
言ってしまうのが怖くて。
「ね、ねえ…わ、わたし、どうなっちゃうんだろう…」
「………」
「わたし怖い…」
「俺もだ…」
こんなに近くにいるのに。
そこに間違いなくいるのに。
もう離れたくないのに……。
「日和っ!」
「あっ…」
細い肩、長い髪、背中に回した手。
強く抱きしめると、いつもの日和の匂い。
「も、もう…どこにも行かないでくれ…」
「わ、わたしも…ここに居たいよ…」
強く強く抱き合う。
…離れぬよう、
…流されぬよう、ぎゅっとつよく…
……Hシーン。
結ばれた2人。
絆を求めて。
繋がりを求めて。
お互いを求めて……。
……感動。
数多の(ってほどでもないけど)エロゲーとジャンル分けされる作品をプレイしてきた私ですが……。
これほどまでに……心を震わされたHシーンは無かった……。
不安。恋慕。焦燥。愛情。
そう言った感情が極まり、そして求め合った結果。
健二……日和……。
これでヌいた奴は廊下に立ってろ!!
「…このまま、ずっと」
(一緒に居たいのに…)
……次回クライマックス(だと思う)。