2002.3.23 「またか……またなのか!?」編


 

加奈と歩く家路。

この日は加奈の長期退院の日でした。

しばらく歩いていると耳元で羽音が。

それは1匹の大きな羽虫でしたが、小さい頃の記憶からか蜂だと思い恐怖を感じた加奈は悲鳴を上げて隆道に抱きついてきました。

加奈を抱きしめるのはこれが最後になってしまわないだろうか、と思った隆道は加奈を強く抱きしめ、離す事ができません。

自らも隆道から離れようとしない加奈は隆道を見上げて言いました。

「さっき……何でもしてくれるって言ったよね」

そう言って隆道の背中に手を回して……

「ずっと……大好きだった……から……だから……」

そっと目を閉じる加奈。

「……お願い」

「……っ!」

死に物狂いで葛藤しながらも、加奈の身体を押し離すことができた隆道。

「お兄ちゃん!」

「駄目だ!」

そう言いながら隆道ももう限界でした。あともう一押しされたら我慢できそうになかったのです。

「……駄目なんだ、それだけは……わかってくれ……頼む」

「わたし……お兄ちゃんを困らせるために生まれたんじゃないから……だから……」

そう言って涙を流す加奈。

「他人同士に生まれてくれば良かったんだ」

「嫌だよ、他人も嫌だ……」

「加奈……」

「他人同士に生まれるくらいなら、死んだ方がましだもん……」

「死ぬなんて軽々しく口にするな!」

そう言って歩き出す隆道ですが加奈が付いてくる気配はありません。

結局立ちすくんだままの加奈の手を引いて歩く隆道。

正しい判断だったとは思いつつも、激しく心を痛めながら。

 

家で加奈の退院パーティー。

このパーティーには夕美も参加する予定でしたが、その夕美からちょっと遅れるという電話がかかってきました。

夕美と加奈が顔を会わせない事に安堵しつつ、そんな自分に嫌気を感じる隆道。

そんな「無理をするな」という隆道の言葉に夕美は不満そうです。

「どうした?」

『もっとさ……絶対に来てくれとか、おまえに会いたいとか言わない?』

「でも都合なんだから仕方ないんだろ? それに俺たち、頻繁に会ってるじゃないか」

『藤堂君、気づいてた?』

「何を?」

『たまにさ、藤堂君からまったく連絡が来なくなる期間があったわけよ。今まで』

「そうかあ?」

『それって……加奈ちゃんの退院期間だったから?』

「……いや」

『私と妹さんとじゃ、加奈ちゃんの方が大事?』

「そんなこと……」

あるのかも知れない。そう思う隆道。

『まあ、妹さんが病弱ってのはわかってるつもりだけど……何か……ちょっとね』

「何だよ」

『ほら、それ。妹さんのことになると、声が変わる』

「……」

『……とにかく、できるだけ顔くらいだすから』

「ああ」

『じゃあね』

夕美は隆道と加奈の間にある感情に気付いているのかもしれません。

はっきりとはわからなくても、何か感じるところがあるのでしょう。勇太もそうでしたから。

 

夕美が来ないままパーティーも終わり、加奈は隆道の部屋のベッドに寝転んでコミック本を読んでます。

あと加奈はどのくらい本を読むことができるのか。

そんなことを考えながら隆道は加奈の横顔を見つめています。

そして加奈が高いところにある本をとろうと手を伸ばしいるのを見て自分が取るから、と隆道が立ち上がりかけたその時。

不意に加奈がバランスを崩してよろめきました。

「あ!」

咄嗟に隆道が抱きとめながらも、足元にあった本を踏んでしまいベッドの上に倒れてしまった2人。

加奈の上に隆道が覆い被さるような姿勢で。

「あ……」

鼓動を感じるほどに身体が密着した隆道と加奈。

「ご、ごめん……すぐにどくから」

「嫌ぁ……」

「え……?」

「もう少し……」

「加奈……?」

「もう少しだけ……このままで……」

「……」

硬直する隆道。

このままで、と言う加奈の言葉の意味するところは1つしかありませんでした。

「不安なの……離れないで……」

そう言っておずおずと隆道の背中に手を回してくる加奈。

隆道の気付いてきた心の砦にひびが入ります。音を立てて崩れるかのように。

「せっかくくっついたのに、簡単に離れちゃわないでよ……」

「……ど、どうした? 少し変だぞ? おまえ……」

「変でいい……だって、本当に変なんだもん……わたし……」

隆道を抱き寄せる加奈。隆道にはそれを振り払うことができません。

隆道の中で本心を押さえつけていたものが砕け散ろうとして……。

「……ねえ、わたし、どうにかなっちゃうの?」

「!」

「みんな、態度が変だよ。美樹さんも、先生も、お父さんもお母さんも……」

「……」

「わたしって……もしかして……?」

加奈に気付かせてはならないことはわかっていました。

でも隆道は声を出すことができません。

至近距離で絡み合う2人の視線。

ふとやんわりと微笑む加奈。

「でもいいの……だってみんな優しかったし……お兄ちゃんも……優しくしてくれたし……」

やめろ。

そんな遺言みたいなことを言うのはやめてくれ。

過去形で言うのはやめてくれ。

「お兄ちゃん……好きだよ……ホントはキスしてほしかったけど……でも……」

「加奈」

ついに弾け飛んだ理性の錠前。

「ん……っ!?」

触れ合う2人の唇。

隆道は加奈を強く抱きしめます。

「……お兄ちゃん」

「何も言うな」

言えば狂ってしまうかもしれない。

そう思いながら加奈の首筋に唇を這わせる隆道。

隆道はそのまま加奈への愛撫を続け、ボタンを外していきます。

全身を震わせながら、感じるままにわななく加奈。

そして隆道は加奈の乳房に舌を寄せて……

「あ……恥ずかしい……」

「……」

「何の冗談なの……これって……?」

 

 

あぅちっ!!!!

今度は逆パターンですか!?

「加奈⇒隆道&夕美」ではなく、「夕美⇒隆道&加奈」で。

 

 

「え……?」

見上げるとそこには花束を持った夕美が呆然とした顔で立っていました。

来れたら来る、と夕美が言っていたことを思い出す隆道。おそらく母親あたりが入れてしまったのでしょう。

「やだ……」

夕美の顔に浮かぶのは嫌悪。

「……妹を抱いた身体で、私を抱いたの?」

「!」

加奈の顔に不安がよぎります。

俺は……

  俺は加奈が好きなんだ

  そんなことはしない

 

…………俺にどうしろと?

理屈では加奈にナニしたのは今回が初めてなのだから、夕美の言ってることは否定できます。でもそれはあくまで理屈。

気持ちの上ではどうだったのか。夕美に加奈の面影を投影して抱いたことだって何度もあった、と隆道も言っています。

ここで後者を選ぶことは加奈を振り切ることに繋がってしまうのかどうか…………わかりません。

……まてよ。

ここで夕美の言った事を否定しないのは、今まで加奈を何度も抱いてきて、その上で夕美を抱いたということを認めてしまうことになってしまいます。

それは夕美に対する冒涜であるだけじゃなく、加奈への冒涜にもなりはしないでしょうか。

でも加奈は隆道に抱いてほしかったみたいだし…………がぁぁぁ!!!

 

……仕方ない。

ここは漢の裏ワザ『セーブ』を発動することにしましょう。

そして今回は後者で。

 

そんなことはしない、と咄嗟に加奈から身を離す隆道。

「ぁ……」

「誤解なんだ……これは……」

「信じらんない……」

わなわなと震える夕美。

「誤解なんだ、夕美。話を聞いてくれ……」

「馬鹿にしないでっ!」

隆道の胸に投げつけられたのは、夕美の持ってきた花束。

夕美の目には涙が浮かんでいました。

「……私、子供じゃないの。わかるわよ、わかるから……バレバレな嘘くつのなんてやめて!」

「夕美……」

「……怪しいって思ったこと、あった。仲、良すぎるだもん……けど、本当にそうなんてね……信じらんないよ……」

「……」

「ひどいよ……こんなのひどすぎる……」

夕美の糾弾は正当なもの。隆道はそう思います。

それを止める権利も力も無く、ただ黙って罵声を浴びるだけの隆道。

「悔しい……悔しすぎる……」

「……」

「そうだったんだ……邪魔だったんだ、私……そうだよね、ずっと避けられてたんだもんね? いらなkったんだ、そうなんだそうなんだ……あは、あはははは」

笑おうとするも、ひきつるだけの震える唇。そんな夕美が痛くて痛くて……シャレになってません。

「……私が勝手に無茶して、藤堂君をホテルに引っ張り込んだんだもんね……」

「……」

「私がお願いして、付き合っていただいてたんだもんね……そっか、そっかそっか……遊ぶ相手にはちょうどOKだから……」

「もう……よせよ……」

「どうして? 本当のことじゃない……もう飽きたから、本命の妹さんに手を出して……あとは私を切り捨てるだけでしょ……簡単なことじゃない、いいことじゃない。そうすれば?」

「やめろ、夕美。そうじゃないんだ」

「……なら、何だってのよ……」

「おまえが俺を責めるのならそれでいい。ただ……」

隆道がそこまで言ったところで夕美はにらみつけてきました。

「ただ何よ? ……妹さんを責めるのはやめろとでも言いたいわけ?」

「……自分を傷つけるようなことは言うな」

そんな隆道の言葉に泣きそうな顔になる夕美……って今まで泣いてなかった?

「……何よ……それ……ふざけないでよ、今さら……フォローなんてしてもらわなくたっていい……」

「フォローなんて……夕美、俺はおまえのことを本当に大切で……」

夕美に言葉を投げかける隆道ですが、それは夕美が手のひらを突きつけてきたことにより遮られました。

「……ごめん、今の藤堂君、信じられない」

「……」

「でも私……藤堂君のこと大好き、大好き……」

夕美の言葉を聞いて隆道のシャツの背中をつかむ加奈。

「大好きだけど……忘れないといけないんだね……」

「俺は……」

「一度……失敗してるのに……忘れるの……みじめに失敗してるのに……だから、もうしっぱいしたくないからホテルに連れ込んじゃったでしょう? そりゃ私はその子みたいに純情じゃないよ……けど……藤堂君のこと精一杯好きだったのに……」

大粒の涙を流す夕美のトーンは次第に上がってきて……最終的には烈しい怒りとなって……隆道に叩きつけられるのでしょう。

なんて馬鹿なんだろう、俺は。

決して軽んじてはいけない想いを踏みにじってしまった自分を責める隆道。

「夕美、すまない……」

「謝ったって! …………もう遅いよ……もう許さない……私、人間だもん、玩具じゃないもん……だから許さない、許せない……」

そうだ、もっと俺を罵れ。

おまえには、その権利があるんだ。

「殴る……」

「ああ……」

「……お、お兄ちゃん?」

「むこう、向いてろ」

「ぁ……」

「向いてろ」

つかつかと隆道の前まで歩み寄る夕美。

そして片腕を振りかぶり、拳を強く握り締める。

「裏切り者……裏切り者ーっ!」

「ぅ……」

肉体的にはほとんど痛くない隆道。でも心は死ぬほど痛くて。

「……」

夕美はそのまま何も言わずに部屋を出て行きました。

「お兄ちゃん……」

「……」

「ごめん……ごめんね……」

隆道の背中にすがり付いている加奈はすでに涙声。

「……なるべくして……こうなったのかよ……畜生……」

しばらくして、おっかなびっくりの表情をした母親が現れました。

「ちょっと……どうしたの、鹿島さん? 泣いてたけど……」

「ふられた……」

「ええっ?」

「……わあぁぁっ!」

唐突に泣き出した加奈。そしてその瞬間、不自然に強ばる加奈の身体。

「加奈?」

「……おに……ちゃ……」

加奈の身体がくの字になって痙攣しました。

隆道の脳裏にちらついたのは『死』。

「おい、おい、どうしたんだよ……加奈!」

そして加奈は−−−

「こら……起きろ……冗談だろ……」

長期外泊許可の出たその日のうちに−−−

「なあ……冗談だって言ってくれよ……加奈ーっ!」

 

 

 

病院に戻ることになった−−−

 

 

 

ってビビらすなよ!!

本気で加奈が死んだかと思ったぞ!!

それにしても……夕美の言葉の1つ1つが痛くて痛くて……勘弁してください。

なるべくしてなった、と隆道は言います。

果たしてそうだったのか……回避することはできなかったのか……。

俺が夕美狙いで来たからなんですが、それは今回考えないで。

……やはりこれは避けられなかったのではないかと思います。

隆道に中には加奈への想いと夕美への想いの1つが確実に存在していたから。

そしてそれらは決して『共存』できるものではなかったから。

でも……それがこんな形で爆発してほしくはなかった……。

 

その後、加奈の病状は悪化の一途をたどりました。

医師の語る加奈の状態は絶望を誘うものばかり。これから行う全ての治療は延命治療だ、と。

泣き崩れる母親。

何か方法は無いのか、と言う父親の言葉に首を振る医師。

ここで隆道が口を開きました。

「ちょっと、待ってください」

「……ん?」

隆道が医師に向かって言った言葉は……

「移植は……できないんですか?」

 

その手があったか!!

そうだよ……香奈が加奈からの移植で助かったのなら、加奈も移植によって助かる可能性があるわけだよな!!

その場合、香奈がどうなるかは……考えないことに。

とにかく隆道が下した決心と言うのはこれだったんです。

知的ルートでは移植案が全く出てこなかったのに「決心」とか言うから訳わかんなくなるんだよ、全く。

腎臓は2つあるんだから、家族の誰かから加奈に腎臓を移植すれば、と言う隆道の案。

ですが父親は

「……駄目なんだ」

そう言いました。

「どうして!」

「……合わなかった」

「合わなかった?」

すると医師が説明を始めました。

既に両親は移植案を考え、自分らの腎臓を調べていたそうです。そして結果はミスマッチ。つまり適合しなかった、と。

他にもセンターへの登録など手を尽くしてはいるものの移植は難しい、と語る医師と父親。

「俺の腎臓なら?」

隆道の言葉に、医師の先生、美樹さん、両親……4つの視線が集まります。

「俺は……加奈に腎臓を提供してもいい。いや……提供したいんです」

その言葉に医師はすぐに検査しよう、と言ってくれました。

「すぐに俺の血液型を調べて下さい!」

両親も賛成してくれるものと疑うことはなかった隆道。ですが……

両親に許可の確認を取る医師。

「父さん、早く!」

「……隆道」

暗い両親の顔。それは加奈の危機を悲しむ暗さではなく、何か……自分の中で大切なものを切り捨てるような暗さ。

「父さん、母さん?」

「……隆道、私たちは、おまえが内臓を提供することに賛成できない」

「ど……どうして!」

「臓器を失って生きるような人生を、おまえにして欲しくない」

「加奈が生きるか死ぬかなんだぞ」

「……先生、血液型のミスマッチが1つだと仮定した場合、移植の生着率は?」

父親の問いに答える医師の口からでた可能性はお世辞にも高いものをは言えない数字。

「……そういうことだ」

父親が父親でなく見える隆道。

「見損なった……」

「お前はまず自分の幸福を考えなさい」

「だって、加奈は……」

「加奈のことはもうあきらめよう」

「!」

父親の言葉に隆道は思わず拳を握りめます。

「あきらめるって……あんた、それでも父親か……」

「……」

「助けなきゃ……そうだろ? 母さん?」

「……」

「……なんだよ。強い男になれって言ったの、父さんだろ。加奈を守ってやれって言ったの……誰だよ」

「……」

「あんただろ! あんたがそうしろって言ったんだ。子供の頃は、あんなに過保護にしてたじゃないか……それがどうしてここまで来て見捨てるんだよ!」

おろおろとうろたえる母親を尻目に暴れだす隆道。

「この人でなし! 最低だ……見損なった。ほとほと呆れたよ! もう親とも思いたく−−−」

「お兄ちゃん、やめて!」

ピタリと止まる隆道。振り向くとそこには加奈の姿はなく、代わりに美樹さんの姿が。

加奈の声とは似ても似つかない美樹さんの声にも気付かないほど隆道は逆上していたのです。

「……少しは落ち着きなさい」

「美樹さん……」

「冷静にならなくちゃ駄目よう」

「……なれないよ」

「隆道、聞きなさい」

ひどく沈んだ表情の父親が告げる真実。

「加奈とおまえに……血の繋がりなどありはしない」

病弱な友人夫婦の娘だった加奈。

加奈を引き取ることを約束した1週間後に友人は亡くなった。

隆道にも加奈が赤ちゃんだった記憶はありませんでした。それは当然のこと。

父親と母親は言います。実の息子には変えられない、と。

隆道の中で何かが音を立てて崩れていきました。

それは10数年間に渡って積み重ねてきた価値観。

「……はは、はははははは」

隆道は床にへたりこむしかありませんでした……。

 

両親の判断は……どうなんでしょうか……。

気持ちはわかります。わかりますが……でも……でも!!

やっぱり納得するわけにはいかないですよ!!

加奈が助かる可能性があると言うのに!!

果たして……果たして加奈の運命は!?

隆道は!? 夕美は!?

ちょっと短いけど以下次回!!


前へ   トップへ   次へ