2002.3.17 「加奈よ……」編
加奈の病室へ。
加奈の口から担当医の名前を聞かされました。その名は「鹿島」。やはり夕美の父親のようです。
途切れた会話の中、隆道が思うのは香奈のことでした。
まだ第二次性徴も訪れていないにも関わらず消えていこうとしている香奈。
……加奈もそうだったっけ
そこで隆道の頭に懐かしい光景が蘇ってきました。
そうだ……加奈はそれでも生きてきたんだ。
隆道のことを「兄さん」と呼ぶ加奈。
加奈は隆道から自立しようとしていたのです。
いつまでも隆道が家に居るわけじゃない。親にも心配かけないようにしたい。
勉強もしたい。本もたくさん読みたい。
「……考えたいことだってたくさんあって……あって……」
「うん、そうだな」
「兄さんにもキレイな恋人ができた……し……」
そう言いながら。
加奈はいつしかポロポロと涙を流していました。
「わた……自立して……自立……」
「本当に、そうだな……」
気がつくと加奈の華奢な体は隆道の腕の中に。
「だけど……無理しなくてもいいんだぞ、加奈……」
「お兄ちゃぁぁん……」
張りつめていたものが切れたように、泣き声を漏らす加奈。
「ずっと一緒にやってきたじゃないか。今さら離れる必要なんてない……だろ?」
「けど……けどね……わたし……何もしてなくて……生まれてから何もしてな……叔母さんは死んじゃうし、お兄ちゃんには彼女できるし……わたしだけ時間が止まってて……何かしなくちゃって思って……なのに体は痛くて……」
「……」
「つらくて……寂しくて……」
そんな加奈を抱きしめつつ、隆道は理解しました。
加奈は孤独を感じていたんだ。
自分・藤堂隆道は常に加奈の唯一の保護者でいてやるべきだったのだ、と。
「恐くて……」
「平気だ……もう平気だから……な?」
ずっと2人でやってきた。
だから最後までやっていこう。
腕の中で震える妹を見て、隆道はそう考えるのでした……。
隆道は夕美に別れを告げました。
守りたい子がいる。夕美のことは好きだけど、夕美よりももっと大切な相手がいた。比べて選んだ、と。
隆道の気持ちが、夕美の慟哭が痛くて痛くて……マジで辛い。
でもこれが隆道の選択でした。
加奈を全面的に保護しつつ、自分の色恋沙汰を完遂できるほどできた人間ではない、と隆道。
それはわかる。わかるけど……辛くて……。はうぅぅ……。
加奈の見舞いに。
加奈は日記をつけることにしていました。
まだまっさらなその日記を見て、日記を書いたらそれをパソコンに入力してやる、と約束する隆道。
なんでこんなにも自然に人の日記をそんな風にしてやる、なんて言えるのかがわからないんですが……。
時間がない。
そう語る加奈はやはり自分のことを認識しているのようで、悲しいです。
隆道は両親と衝突。
何と加奈の見舞いは慎め、と言ってきた父親に隆道は猛反発します。
学生としての本業云々などとぬかす父親の言うことは何一つ理解できません。
当然そんな言い分を聞けるはずもない隆道は自分1人でも加奈の見舞いを続けることを宣言。
一体両親は何を考えてるのでしょうか……。
加奈のことを見捨てた、とは考えたくありません。
その後隆道は大学を休学。病院に日参するようになりました。
加奈は静かに日記に筆を走らせます。変化の少ない病院生活の中、一体何を書いているのか……。
「今年、雪、降るのかなあ」
「そうだな……これだけ冷えると……降るのかもな」
「見れるといいな……雪」
「見れるだろう……降れば」
「……」
痛い……。
たとえ降ったとしても、それまで加奈の命が続くのかどうか……。加奈の沈黙もそんなことを考えてのことでしょう。
「加奈」
「……なあに?」
「雪、降るって。これだけ寒ければ」
「……うん、そうね」
加奈の落ち着き払った様子に複雑な感情を抱きつつ、隆道は何かしてみてみたいことはないか、と訊ねます。
少し考えて加奈は答えました。
「海、見てみたいな」
見たことがないから、と。もちろん隆道は快諾です。さらに他にはないか、と言う隆道。
「じゃあ……この部屋に何か生きてるものが欲しい、かな」
「生きてるもの?」
「鉢植えとか」
「植物かあ……そうだな、花瓶よりはそっちの方がいいかもな。で、何がいいんだ? 植物っていってもいろいろあるけど」
「……ウメバチソウがいいな」
「ウメバチソウ?」
「……もう、覚えてないよね。ずっと昔……」
「ずっと昔……?」
「ふふ、やっぱり忘れちゃってる」
そう残念そうに笑うと、加奈は昔家族でピクニックに行ったことを話し始めました。
そう、隆道が初めて加奈を守ることに目覚めたあのピクニックです。
ウメバチソウと言うのはその時隆道が加奈に編んでやった花輪に使った植物でした。
加奈はその時の花を押し花にして、しおりとして大切に持っていたのです。
海に行こう、と約束して数日後。
加奈の病室に白く小さな蕾をつけた鉢植えが置かれました。
俗に鉢植えは『根付く=寝付く』と言う事で病院には縁起の悪いものとして敬遠されるものです。
物知りな加奈がそのことを知らないとは思えません。
気にしていないだけなのか。それとも気にしてもしょうがないということなのか。
ずっと病室に「寝付いて」いられればそれでいいのか……。
隆道は引越し屋のバイトを始めました。
さすがに大学を休んだとは言え、毎日加奈のところに顔を出してると怪しまれると思ったのです。
肉体労働の後のビールは最高だそうな。うんうん、わかるぜ。
そんなある日、突然インターホンがなりました。隆道が玄関に向かうと……
「ただいま」
「……」
加奈が立っていました。
タクシーにお金を払って荷物を運び込んだ隆道。
両親がいなかったので加奈が本を見ながら料理を作っている間に病院に電話。
美樹さんの話によると、2日間だけ外泊が許可されたと言うのです。
「平気なんでしょうか……」
『……』
「美樹さん?」
『……ほら、もういつ帰れるかわからないし……本人の希望もあって』
「加奈が……そうですか」
『何かあったらすぐに対応できる準備はしてあるし、脈拍も電解質濃度も今のところ安定してるし、透析は今日済ませたから二日くらいは持つと思うし』
何かしてやりたいことがあったら、と言う美樹さんにお礼を言う隆道。
内容や口ぶりから言って……これが最後の退院となるのでしょうか。
2人で食事をして、TVを見て……何も生産的なことはしてないけど、とても穏やかで大切な時間。
ずっとこんな日が続けば……と思わずにはいられません。
10時頃になると加奈は眠気を訴えて部屋に戻っていきました。
明日はどんな1日にしてやるのがいいのか、と考えたところで隆道はあることを思い出しました。
それは海。病室で加奈を海に連れて行ってやる、と約束したことです。
加奈の部屋に行くと電気は消えてましたが加奈は起きていたようでした。
そこで海に行くことを告げてこの日は終了。
翌日。
季節柄他には誰もいない波打ち際を歩く2人。
初めて見る海に加奈は心を奪われているようです。
寄せては返る波。足元を歩くカニ。そして水平線。
その全てが加奈にとっては初めてのこと。
そしてしばらくそうしていた後、加奈が言いました。
「もう……走ることもできなくなっちゃった」
「えっ?」
「動悸が激しくなっちゃうから、もう走れないんだって、わたし」
「……そうか」
「今までは、ちっともそんなこと思わなかったのに……どうしてかな。海を見てたら、思いっきり走りたくなってきちゃった」
「病気が治れば、走れるようになるだろ」
「……」
加奈は何も答えません。それは自分の運命を知っているから。
「おんぶ、してやろうか」
「ふえ? ……どうして?」
唐突な申し出にとまどう加奈。「ふえ?」って……イイかも。
「視界が高くなって気持ちいいぞ」
「でも……」
「ほら」
加奈の目の前で背中を向けてしゃがんで見せる隆道。
「誰も見てないって」
「そうかも知れないけど……恥ずかしいから……」
「そっか」
ちょっと残念だった隆道。
「……何もしてやれなくて、ごめんな」
「お兄ちゃん……」
「こんなことくらいしかできないんだよ、俺には……。駄目な兄貴だよなあ」
「……」
「けどな、本当はもっといろいろしてやりたいんだ……だけど、俺は神でも仏でもないから、たいしたことは何一つできない……。物足りない兄貴で、すまないと思ってる」
「そんな……お兄ちゃんは……お兄ちゃんは……」
加奈はみるみるうちに涙声に。
「十分すぎるくらい……いいお兄ちゃんだったよ……」
「そうか……」
「百点満点……あげるよ」
「そりゃすごいな……百点なんてほとんど取ったことがないぞ、俺」
「今日だって海に連れてきてくれたのは……他の誰でもないお兄ちゃんだもん……」
しゃがんだまま前を向いた隆道に肩に触れてきたのは加奈の手。
「いつだってお兄ちゃんはわたしのために何かしてきてくれたもん」
そう言って加奈は隆道に身を任せてきました。
「だから、わたしはお兄ちゃんが好き」
加奈を背負ってゆっくり立ち上がる隆道。
「わたし……重くない?」
「いや、全然」
思いどころか余りにも軽い加奈に隆道は愕然とします。まるでがらんどうの人間のようだ、と。
「重いもんか……このくらい……これで重いなんて弱音吐いたら、箸を持つことだってできないじゃないか」
ふとため息をつく加奈。
「どうした? つらいか?」
「ううん……ちょっと緊張して……」
「緊張? どうして?」
「だって……こんなに広いから・こんなに大きいし……ちょっとドキドキする」
「ブラコン……って言われるそ」
「言われてる、もう」
「げ、誰だそんなこと言う奴は」
少なくとも隆道もそう言ってました。
「伊藤くん」
「……」
隆道にはすっかり存在を忘れられていた勇太。案外マメなやつだったようです。
あれだけ隆道も見舞いに行ってるのに全然会わなかったってのも不思議ですが。
「……寒くないか?」
「な、なに?」
「寒くないかーっ?」
「平気ーっ!」
波しぶきと突風の騒音で、会話がほとんど通らない2人。
「ひどい風だなーっ!」
「ねえー! 心配しないでもー、大丈夫ーっ!」
「はー、何だってぇ?」
「ちゃんとー、解決したからーっ!」
「解決? おい、何のことだ?」
「……わたし、ブラコンだもん!」
「はあっ?」
「ブラコンでいいんだ!」
子供のように足を振ってはしゃぐ加奈。
「……いったい何の話だ? よく見えないぞ」
「いいの」
隆道の足元をさらう波音。
「走りたいって言ったよな」
「え?」
「走るぞ。つかまってろ」
「え……きゃ!」
勢い良く走る隆道。
そうだ、この脚は、加奈に風を感じさせるためにあるのだ。
そう考えると隆道の視界が潤んできました。
「……うわあ……速いんだ……」
風を浴びるためか、上半身を離す加奈。
そんな加奈を背負った隆道はいくらでも走れそうな気がして、さらに速度を上げます。
「きゃ! 速いよ、お兄ちゃん!」
はしゃぐような悲鳴。
顔を撫で付けた風が、隆道の涙を拭い去っていきました……。
はうぅぅぅぅ……。明るく楽しいシーンのはずなのに……。
加奈にまた1つ思い出ができたシーンなのに……。
こんなにも悲しくなるのは何故!?
主人公にしては珍しく目のある隆道にしがみつく加奈の笑顔がどこか儚く……。
「お兄……ん……わたし……走った…よ……」
はしゃぎ疲れたのか、電車の中で隆道に頭を寄せて眠る加奈の寝言が……切ない……。
家に帰ると両親はいませんでした。
加奈に有意義な時間を過ごさせてやろうと思わないのか、と思う隆道ですが、何となくその理由もわかっていました。
恐いのだろう。正面から向き合う勇気がないのだろう、と。
疲れたのか食欲がない、と言う加奈にジュースを渡しますが、加奈はそれすらうまく飲むことができません。
「ごめんなさい……もううまく飲みこめないみたい……」
さらりとそんなことを言う加奈ですが、隆道には深刻極まりない内容でした。
そんな加奈のために風呂沸かしに行く隆道。
「……どうして……こんなに早く……」
浴槽の水面に、蛇口からのものとは異なる水滴がふたつ。
無力な自分への悔しさがつのる隆道。
そして半分寝ぼけたような加奈が風呂に入ってる間、カップラーメンをすすっていた隆道に聞こえてきた音。
カコーン!
それは単なる洗面器の転がる音。同時にひどく不安な凶兆をはらんだ音。
「おい、加奈っ!」
脱衣所で声をかけても返事が無いので、一瞬ためらいながら風呂場のドアをあけると、そこには浴槽にもたれかかるようにして座り込んだ加奈が。
白い裸身を頭ごなしにぬらす出しっぱなしのシャワーは水でした。
「馬鹿っ!」
寝ぼけて水のままシャワーを浴びてしまったのか。
心臓。冷水。
不安な単語が頭をよぎります。
とにかく加奈を連れ出し、居間で温める隆道。
暖房を全開にして、水気をふき取り、衣服を着せる。
煩悩に当分苦しめられることを覚悟しながら。
そして加奈は眠りについています。
額に浮いた汗を拭ってやるために触れた肌は赤子のように温かくて。
「……」
こんなに温かいものが、冷たくなってしまうのだろうか。
こんなに穏やかで健気なものが、動かなくなってしまうのか。
そんなぶつけようのない怒りに身が焦がれる隆道。
「……俺もお前に百点満点やるよ。いや、百二十点かな。できの悪い兄貴なんかより、よっぽどしっかりしてるもんな……」
その後、目の覚めた加奈を部屋のベッドに。
そして部屋から出ようとしたところで加奈が呼び止めてきました。
加奈は隆道が大学を休んでいることを知っていたのです。
何だかんだ言っても加奈の見舞いに行っていた両親から聞いたとのこと。
自分のせいか、と言う加奈にいろいろあったんだ、と返す隆道。
まだ話がある、と加奈が言うのでベッドに座ろうとした隆道に加奈は電気を消すよう言います。
かすかな月明かりに照らされた部屋に2人きり。
「さ、消したぞ」
「うん……」
そうして黙り込む加奈。
静まり返る室内。
静穏と知性に満ちた加奈の瞳。
それは人生に何らかの悟りめいたものを見つけた人間の顔。
こんな目を隆道は知っていました。
須磨子さん……。
「ずっと迷ってた……言いたいことがあって……」
「……ああ、聞くよ」
「言うべきじゃないのかなって思ったこともあるし……わたし、勇気ないし……けど、もしこれが最後の機会だとしたら……」
加奈は知っていました。
自分に残された時間がもう数えるほどしかないことを。
「文章を書くのは、いいことだね。自分の気持ちが、よく整理できるから」
これは日記のことを言っています。
それで実感し、当たり前のことだけど、それは自分にとっては大切なこと、と加奈は言葉を続けました。
「わたしがなくなっちゃう前に……知って欲しいから……」
そう言って思いつめた表情で上半身を起こす加奈。
「この前、伊藤君に告白されました」
で、ちゃんとお礼を言って断った、と加奈は言います。
「気持ちは嬉しかったけど、いろいろ考えて……」
「そう……」
「伊藤君にはいろいろ親切にしてもらって、お兄ちゃん以外の数少ない友達だから……断らないといけないの、すごくつらかった」
「わかるよ……その気持ち」
そう言いながら隆道はほっとしている自分に気付いて愕然とします。
いや……本当はとうの昔に気付いていたのです。ずっと覆い隠してきたその気持ち。
兄だから。妹だから。
けどそんなものが一揆に崩壊していったのは、加奈とアルバムを見て、真実を知ったあの日。
「だってね……」
加奈は言葉を続けます。
「だって、わたしの日記にはね……」
少し震える声で。
「お兄ちゃんのことばっかり、書いてあるんだ……」
静かな夜。
両親もいない。
「……」
何と言えばいいのか。
加奈の言葉をどう受け取ればいいのか。
自分はいつも冴えた回答とは無縁の人間であり、たった1人の妹に何もできないでいる無力な人間。
ただ唯一、誇りを持てることがあるとすれば。
「いつからだろうな……」
結果許されなくても。
「いつも……おまえのことばかり考えるようになったのは……」
そう言って加奈の方へ手を伸ばす。
「遠い昔からのような気もするし……つい最近のような気もするな……」
加奈の頬に触れる。
それは兄の妹に対する触れ方ではないと知りながら。
「ぁ……」
その違いを敏感に感じ取ったのか、小さく震える加奈。
「ずっと二人でやってきたもんな……」
ベッドに腰を降ろし、顔を近づける。
「ゃ……ぁ……」
羞恥と、困惑と、葛藤と、いろいろな感情の入り混じった加奈の顔に。
「駄目……お兄ちゃん……彼女いる……のに…………」
「彼女は……もういない」
「……え?」
「もう……別れた」
「じゃあ……」
そうして触れ合った2人の唇。
加奈もアルバムの真実に気付いていました。
幼少時代の加奈が存在しないアルバムは、両親が隆道しか儲けていないことを示していたのです。
「だから……もし誰かを好きになるのなら……俺は……」
「……」
支えてきたつもりで、実は加奈に支えられていた自分。
拒否されたくない、そう隆道。
「……いい……のか?」
「……(こく)」
あどけない微笑を見せる加奈。
加奈を抱く
抱かない
2人の気持ちは1つだった……。
そして加奈の想いに答える時です。
なんて書いてますが、結構悩みました。
そして気付きました。
これがエンディングの分かれ目だろう、と。
ここで加奈を「抱く・抱かない」の選択は2人のこれからに、加奈に残された短い時間に大きな影響を与えるでしょう。
はっきり言ってどっちがいいのかなんて俺には判りません。
だから俺には『今回は抱く』としか言えないのです…………と言う訳で前者。
そしてH突入。
隆道の左手の傷跡に唇を当てる加奈に肉体的な快楽以上の衝撃を覚えつつ。
夕美のペースでやってしまい、加奈にショックを与えつつ。
心から愛してる。そう思いながら。
2人は結ばれるのでした……。
…………………。
……………………。
………………………。
…………………………。
この先……一気にエンディングまで見てしまいました。
とても……とてもキーボードを叩きながら見ていられるようなものじゃありませんでした。
左手に持ったバスタオルが全てを物語っています。
奇しくも途中隆道が同じような状態になるところがあって、そんな偶然(?)に驚きつつ。
病院に戻った加奈は風邪を引いて覚醒時間も短くなっていました。
ただの風邪。普通の人ならなんてことない風邪も、加奈には……。
何でも叶うとしたら、神様に何を願う? と言う隆道の質問に長く思案してからの答えは。
「……生きたい」
いつの間にか加奈の頬を伝っていた涙。
「生きたいよ……もっと」
死が恐くない人間などいない。
その涙を拭ってやるとさらに加奈は涙を流すのでした。
この時、俺はすでにひとつの結論を出していた。
この『結論』って未だに何だったのかわかりません。
「雪、降らないかなあ」
採血を受けながら加奈がそんなことを言い出しました。
確か以前にもそんなことを言っていたかと思います。
「今年は降るみたいよ」
「本当に?」
「すぐにね」
「見たいなあ」
そう言って窓の外を見る加奈。
「このままじゃ……枯木ばっかりで寂しいから」
「そうだな」
「……もしわたしが死んだら、雪を降らせてみようかな」
その言葉に一瞬動きを止める医師。
以前なら怒鳴っていたかもしれません。でも今はただ静かに一言一言を受け止めるのみ。
加奈は十分に考えていたのです。悲観的な言葉でないなら、もはや否定する必要なありませんでした。
「……そんなこと、できるのか?」
「うん……たぶん……」
「そうだな……」
10月も半ばになろうとする日。
加奈がひどい熱に見舞われました。
それはもう加奈が助からないと言うこと。
それを電話で聞いても不思議なほど落ち着いていた隆道。
病院に駆けつけるとロビーに居たのは勇太でした。
落ち着き払った隆道に怒りをぶつけてきた勇太。
「あんた……兄貴だろ!」
「そうだ……血のつながりのない兄貴だけどな」
「な……」
「その話……本当なの?」
そこに現れたのは夕美。
やはり加奈の担当医の鹿島医師と言うのは夕美の父親で、その父親から加奈の病状を聞き、それで隆道に会えるかもしれないと思って夕美は病院にやってきたのです。
夕美に言った『守りたい子』。それは加奈のことだったのか、と夕美が言うとそれを聞いた勇太が血相を変えました。
「じゃあ……藤堂の言ってた好きな相手って……」
「……」
「うわあああああああああ!」
隆道を殴りつけてきた勇太。夕美が止めようとしますが勇太は隆道を殴り続けます。
何故か抵抗する気も無く、いっそこのまま殺してくれればいい、とまで思う隆道。それは精神が磨耗している証拠。
でも勇太の言葉でそれは一変します。
「死んじまえ! 加奈を……加奈を汚しやがって……」
「く……っ!」
一瞬で頭に血が昇り、勇太を何発も殴りつける隆道。
「汚れとか純潔とか……そういうものの見方をやめろ!」
そう言って勇太を殴る蹴る。さらには壁に叩きつける。完全に隆道はキれていました。
「加奈は人間なんだ……天使でも妖精でもないんだよ! ああ、確かにあいつはおまえ好みの汚れなき少女だろうさ! だけど、それはあいつが……世の中を知りたくても知れない身体だからなんだよ!」
ガードする勇太をただただ闇雲に殴りつける隆道。
「そんな不幸を……純白だなんて言うな! あいつは人の半分も経験しちゃいないんだ!」
騒ぎを聞きつけた何人もの人が隆道を羽交い絞めに。
「俺は加奈に普通に生きて欲しかった! いろいろなものを見て、知って……そういう普通の幸せを……」
「……それで近親相姦かよ……」
なおも吐き捨てるように言った勇太。
その言葉にさらにキレて、制止している人間を無理矢理振り払って勇太に殴りかかる隆道……。
10分後。
長椅子に夕美と2人で座る隆道。
「……ごめん、夕美」
「え?」
「ひどい振り方して……ごめんな」
「……」
「俺は……不器用だからなあ。あの時は最善だと思ったんだけど……」
「藤堂くん……」
自分は隆道にとってどういう存在だったのか、と夕美。
自分なんかには出来すぎた彼女だった、隆道は言います。
強引な始まり方をした2人だけど楽しかった。嫌いな相手とじゃそうは思えない、と隆道。
それを聞いて夕美はやり直せないか、と言ってきました。
「……ねえ? 結構気も合うんだし……ね、ね、ね?」
「……」
「だって……加奈ちゃんって血は繋がってなくても妹じゃない……よくないよ……そういうの……だから……」
「……」
自分は異性として加奈を愛している、と隆道。
そしていくら話しても尽きることのない加奈との思い出を語り……ふと横を見ると夕美の姿はありませんでした。
「百年の恋だったとしても……冷めるだろうな」
こうして隆道は、生まれて初めて人を振ったのでした。
「……すぐに家族の方に連絡を」
そんな鹿島医師の言葉を聞いて、自宅に電話をする隆道。
そして加奈の手を握る。
「加奈……もうすぐみんな来るから……それまで頑張れるか?」
「……(こく)」
やがて両親がやってきました。
静かに流れる時。
穏やかな加奈の寝顔。
それは全く普通に寝ているかのよう。
「お姉ちゃん!」
香奈とその父親である叔父もやってきました。
そうした雰囲気を感じ取ったのか、静かに目を開いた加奈。
「……香奈……ちゃん?」
「起きたのか」
「死んじゃ嫌だあ!」
わっと泣いて、加奈のベッドにすがりつく香奈。
加奈は優しく微笑んで、香奈の頭を弱々しく撫でます。
「加奈ちゃん……みんな来てるから。話す?」
「……(こくん)」
そうして1人1人とごく短い挨拶をかわしていく加奈。
俺にはこの姿が須磨子さんと重なりました。
多くの友人や親戚に挨拶をして死んでいった須磨子さん。
人数こそ少ないものの、加奈にだってこんなにも愛してくれる人間がいたのです。
全員を言葉を交わした頃には意識が朦朧としていた加奈。
「血圧が低下しています……」
そう父親に耳打ちする医師の言葉に、美樹さんが隆道に話しかけてきました。
「隆道君……」
美樹さんに促されて、加奈の一番近い場所に座り、そして見詰め合う。
それだけで隆道は満ち足りた気分になり、きっと加奈もそうでした。
すでに通じ合った2人は、ことさら話すべきことなど無かったのです。
だから口から出たのは、ひどくあたりさわりのない会話。
「……苦しくないか」
「へいき」
「……雪、残念だったな」
「……(ふるふる)」
「降らせられそうか?」
「がんばる」
「でも、今日は寒いからな……もしかすると……」
そう言って窓の外をみる2人。
「……ねえ、お兄ちゃん」
「ん、どうした?」
「日記……取って」
「ああ」
棚の一番上の段に置いてあったノートを取る隆道。
「ほら、取ったぞ」
「それ……読んでね」
「ああ、わかった」
そう言って小さく咳き込む加奈。
「もう……いいよね……頑張ったよね……」
「ああ、おまえは立派だったよ……」
そして加奈は弱々しく顔をほころばせると、先生の方を向いて言いました。
「先生……苦しくなってきました……」
「……ああ、よく頑張ったね。そろそろ眠るかい?」
「……(こく)」
いよいよやってきた最後の時。
あらゆる痛みから加奈を解放するための鎮静剤が投与されていきます。
「おに……ちゃん……」
「ここにいるぞ……加奈」
「手……握ってて……」
力なく横たわっていた加奈の手をそっと取って握る隆道。
「おや……すみ……」
そうして眠りについた加奈。もう起きることのない眠りに。
後は……その命の灯が消えるのを待つのみ。
隆道は最後まで見守るつもりでした。握っている加奈の手は温かく、その熱が去ってしまうまで。
意外にも両親も部屋に残ると言い出しました。医師や美樹さんも出て行って残るは家族のみに。
しばらくして。
母親が眠ると父親が話し始めました。
「……血縁がないと知っていたんだな、隆道」
「アルバムがあったんだよ」
「そうか……あれを見たのか」
ってそんなモノを隆道の部屋に置いておくなよ。
なんて突っ込みも今は虚しいだけで……。
父親から語られた加奈の生い立ち。
加奈は友人の子供でした。両親共に病弱だった友人夫婦の。
そして夫婦共に既に亡くなっていることを。
「二親とも病を抱えていた。奴は……よく子供を儲けるべきではなかったと嘆いていた。加奈は……本人がどう思っていたのかは知らんが……」
加奈は幸せだった、と隆道。
「生まれてきて、良かったって……生きれて良かった。そう言って……」
そこまで言って言葉につまった隆道の肩に置かれた父親の手。
その手の温かみに隆道の目から熱いものが流れ出ます。
「いつかは……すまなかったな……」
「……いや」
一つ聞かせてくれないか、と父親は言いました。
お前は加奈を好いていたんだな、と。
その時隆道は理解しました。
この日とは間違いなく自分の親で、ちゃんと加奈と孝道のことを見ていたんだ、と言う事を。
ゆっくりと頷く隆道に、「そうか」と目を閉じる父親。
父親はそれで隆道に見舞いに行くな、と言ったのでした。
一つのことにしか集中できない隆道が、誰かを守ろうとすれば、その想いはおのずとある一方向に向かう。
そんな危惧を父親はずっと抱いていたのです。
「血の繋がりがなかったことは……幸いだと言うべきかも知れないな」
「俺を……殴らないのか?」
「よくやったな隆道……おまえは昔、私とした約束を、よく守りきった」
隆道の肩に置いた手に力を込めて父親は言いました。
「私はおまえを誇りに思う」
そんな風に誉められたのは初めてで、やっとのことで押し込めた涙が、また湧き出そうになる隆道。
そして父親は一度家に戻ることに。
隆道には二人でいるといい、と言って。
「……ありが……とう……父さん」
言葉につまり、何か言えば泣いてしまいそうになりながら、隆道はそう言うのでした。
病室に加奈と2人きり。
まだ加奈は生きていました。胸が起伏し、心臓が動いていることがわかります。
でももう目覚めることはないことを隆道は知っていました。
思い出されるのは雪を願っていた加奈の言葉。
「雪くらい降らせてやれよ……神様なんだろ、あんた……」
黒い空を見上げてそう呟く隆道。
いつしか隆道は草原で寝転がっていました。
日差しは晴天。隣には正座して本を読む加奈が。
「……何、読んでるんだ?」
加奈が持ち上げて見せた本には何も題名が書いてありません。
「面白いか?」
「……(こくん)」
「そうか……それは良かったな」
それで会話は終わり、加奈は本の続きを読み始め、隆道は空を見上げてまどろみ始める。
「いい天気じゃないか」
「うん」
「なあ、加奈……」
「?」
「おまえ……もっと生きたいんじゃないのか?」
「……」
「どうなんだ?」
パタン、と本を閉じて加奈はゆっくりと言いました。
にっこりと笑って。
「……うん、生きたい」
「もし……もっと生きたいのなら……俺の命、いるか?」
びっくりした表情で隆道を見つめる加奈。
隆道はここでならそんな願いも叶うような気がしていたのです。
だけど加奈は、やんわりと笑顔を作り、頭を振りました。
「……生きたいけど、それはいい」
「そうか」
「悔い、ないから」
「そうか……」
そして再び訪れる静寂。
ずいぶん長いことそうしていたような、それでいてあっと言う間だったような気がした後。
「そろそろ時間だね」
不意にそう言った加奈。
「行くのか?」
「うん……もう、行かなきゃ」
そう言って加奈は立ち上がりました。
「一つだけ……聞かせてもらっていいか」
「うん」
「今まで……どうだった」
うまく言葉にできない隆道。ひどく曖昧な質問。
でも加奈はその質問の真意を理解し、そして言いました。
大きく頷いて、にっこりと笑って。
「生まれてきて、良かった。だって……大好きな人と過ごした時間なんだもの」
「……」
「今度、生まれてくる時は……お兄ちゃんの家の隣に住んでる幼なじみって設定がいいかな」
「なんだよ、それ」
「だって……これなら誰にも何の遠慮する必要ないから」
ずいぶんと長い間笑いあう2人。
そして加奈はふと真顔に戻ると、
「いってきます」
「ああ……元気でって言い方も変だけど……」
こくりと頷き、草原を小走りに去っていきました……。
「しまった……っ!」
目を覚ますとそこは相変わらず加奈の病室。
眠っていても離さなかった加奈の手はまだ温かいまま。
自分の肩にはカーディガンが羽織られていました。部屋の端の方で椅子に座ったまま眠りこけている美樹さんがかけてくれたものでしょう。
カーディガンを美樹さんにかけて、窓のカーテンを開けるとそこには白い景色が。
「……」
雪が降っていたのです。
「おい、加奈……加奈!」
加奈に必死で呼びかける隆道。
間に合ったんだ!
今だけでいいから目を覚まして雪を見よう。
そんな思いから隆道は加奈を起こそうとします。
「願いが通じたんだ……なあ?」
何度も加奈の身体を揺する。何度も何度も。
その声に目を覚ましそうな美樹さん。
「加奈、加奈、ほら……雪だ……キレイだぞ、ああ本当にキレイだ。な、やっぱり何でも言ってみるもんなんだよ!」
加奈は静かに寝ていました。
本当に静かに。
「加奈?」
何度ゆすっても起きない加奈。
その瞬間隆道は気付きました。
加奈の胸がもう隆起していないことに。
「か……」
身体は温かい。
でもその温かみも去りつつある、最後の暖であることが感覚的にわかってしまいました。
『……もしわたしが死んだら、雪を降らせてみようかな』
加奈の言葉が隆道に蘇ります。
「そうか……」
「加奈ちゃん……どうかしたぁ?」
寝ぼけた声で話しかけてきた美樹さん。でも無言で立ち尽くす隆道の姿に何かを感じ取ったのか、飛びつくように加奈の脈をとって……
「加奈……ちゃん……」
目を閉じて、そっと手を置いて……
「すぐに……先生を……」
泣き崩れてしまいました。
でも何故か自分は涙が出ない隆道。
いつも泣きたい時に泣きそびれる。必要な時に涙が出ない。
泣きたいんだよ、俺は。
自分を罵るような気持ちで窓に歩み寄り、そして開ける。
冷気がびゅんと室内に吹き込んできます。
「……寒いよ、加奈……」
おまえの降らせる雪は冷たいよ。
……けど、その手はまだ……温かいんだな。
そう思いつつ、隆道はまだ加奈の微熱が残っているような気がする拳を閉じるのでした……。
加奈が息を引き取りました。
加奈は幸せだったと信じたいです。愛する人達に囲まれて、自分も誰かを愛して。
そう思いたいです……。
そしてこれで物語は終わりかと思いきやそうではなかったのです。
加奈が短い生涯に終わりを告げた、そのわずか10分後。
隆道は駆けつけた両親と共に、1人の女性と面会させられました。
臓器移植コーディネーターと名乗るその女性。
その女性は加奈の肝臓の提供に同意してくれるよう求めてきたのです。もう両親の同意は得てある、と。
そんなことは初耳の隆道は当然いきり立ちます。
加奈の書いた臓器提供意思表示カードを見せられても、隆道の頭には入っていきません。
冷静に説明を始めるコーディネーターの言葉に悲鳴を上げそうになる隆道。
あんなに安らかに眠った加奈を切り刻む。そんなことを認められそうになかったのです。
「……いやだ」
「はあ?」
「冗談じゃない! 加奈の臓器を取り出すだって? ふざけるなよ、そんなこと俺は一言も聞いちゃいない!」
マグマのように噴出す怒り。
「なんで死んだ人間をそっとしておいてやらないんだ! 俺は認められない……絶対に認められない!」
そんな隆道に父親が冷静な声で話しかけてきました。
このことは加奈本人の希望なんだ、と父親は言います。
それでも隆道は認めようとしません。
ずっと苦しんできた加奈がやっと手に入れた安らかな時間。
それをそっとしておいてやりたい。
そう怒りに任せて怒鳴り散らす隆道。
コーディネーターは静かに言いました。
「ご存知ないのですね」
「何をだ……」
「移植されるレシピエント(移植相手)のことです」
「興味ないな、そんなこと……どうせ加奈の痛みも寂しさも知らない他人なんだろ」
「違います」
「俺の知ってる人間だってのか?」
「説明したとおり、今回のレシピエントの決定はドナー(移植元)ご本人の意思を尊重して決定されました。戸籍上の親戚ということもありますし、何より適合率が高い……」
「親戚?」
「レシピエントは……霧原香奈さんです」
一瞬で凍りつく感情。
キリハラカナ……キリハラカナ……。
いつも本当の妹のように隆道に懐いていた香奈。その香奈がレシピエント。
「卑怯だよ……そんなの……」
どちらも大切な存在。
その加奈と香奈を天秤にかけなければならない。
「答えは決まってると思いますよ。あなたは立派なお兄さんでした。そしてこれからも、妹さんの意思を尊重する立派なお兄さんであって欲しいと私は思います」
「卑怯だ……」
冷静に語るコーディネーター。その言葉の一つ一つが隆道の頭に入っていきました。
時間がない。
このままでは一人の高潔な意思と、移植を待つ患者の希望が失われてしまう。
香奈が……移植によって救われる。
肝臓障害から救われるなら。
加奈がそれを望み、ドナー登録したと言うなら。
答えは既に決まっていました。いや、尊重してやらねばならなかったのです。
「わ……」
かすれる声。
何故加奈は相談してくれなかったのか。
「わかり……ました……」
力なく頷く隆道。頷くしかなかったのでした……。
あれから数ヶ月。
家族は平穏を取り戻し、隆道は休学中のため、時間をもてあましていました。
加奈が亡くなってから、一度も涙を流さないまま。
そして日記。
加奈がつけていた日記をパソコンに打ち込む隆道。
それは加奈の闘病日記。
悩んで、苦しんで……そして受け入れて。
死を見据えた人間の生き様が少女の視点で描かれた日記。
紙はいつか風化してしまうのだから、加奈の最後の日々の大部分を占めたであろう執筆作業を無駄にしないためにも隆道はこれを記録しようと思ったのです。
その内容は天気のこと。食事のこと。透析のこと。
果たして自分は加奈の最後の日々を、本当に輝いたものにしてやれたのかどうか、隆道は不安でした。
こうして日記を清書することは、加奈の本音に触れることになるので、とても恐いこと。
でもやらなければならいこと。
日記は続きます。
隆道のこと。
雪のこと。
海のこと。
そして日常のこと。
そこから伝わってくるのは加奈が自分の死期を確実に悟っていて、残された日々をどう過ごすか、その事を考えていたということ。
じわり、と隆道の心の奥で何かが動きます。
それは加奈が死んでしまってから、ずっとくすぶっていたもの。
さらに日記を打ち込んでいく隆道。日記は残りわずか。
加奈が最後の退院をする前日の日記。
そこにはそれが最後の退院であることを悟った加奈が、自分の気持ちを打ち明ける決心をする様子が書かれていました。
それを読んだ隆道に訪れたのは1つの後悔。
1度だけ加奈を抱いた。禁忌を精神力でねじ伏せて、加奈を抱いた。
でも、禁忌であった故に言えなかったことがあった。
……愛していると。
何度も、何度も言ってやればよかった。
日記はもう少しで終わります。
帰宅初日。
隆道と過ごした穏やかな時間を心から喜ぶ加奈。
自分のために大学を休んでいる隆道を、加奈は正直嬉しいことだと思っていました。
それは隆道にとって自分が、人生の一部と引き換えにするほどの価値があるということだから。
そして海に行くということを心待ちにする様子も。
そこで終わりかと思いきや、さらに興奮のために眠れない加奈が死について考えたことが記されていました。
どうして人は死ぬのか。そうして死を恐れるのか。
人が死を恐れるのは、やり残したことがあるから。
だから自分の成すべき事を終えた人は、安心して命をまっとうできる。
その時、人は死を克服する力を手に入れる。
だから加奈は臓器バンクにドナー登録をしたのです。
まだやるべきことがあるのに、死ななければならない人のために。
願わくば、明日のわたしが、今日のわたしより優れた人間でありますように……。
いつしか隆道のキーボードを打つ手は止まっていました。
激しい感情の起伏。
震える手でページをめくる。
それが最後のページ。
今日、海を見た。もう恐くない。
「か……」
こみ上げてきていた全ての感情を。
「か……な…………加奈ぁぁぁ……」
吐き出すように。
ただひたすらに泣き続ける隆道。
加奈の死から数ヶ月。
やっとこの状態になれたんだ!
「うわああぁ……ぁぁぁぁぁぁ……」
無数の思い出がはじけては消えていく。
驚くほどの多さで。
流れる涙は暖かい涙。
それは見送りの涙であり、自分への区切り、けじめの涙。
泣こう。俺にはまだその時間がある。
思いっきり泣いて、そして四月からは俺の時間がまた動き出す。
今度は、俺の番なのだ。
その時には、もう少し強い人間になっていられるだろうか?
願わくば、明日の俺が、
今日の俺より優れた人間でありますように。
そして流れるエンディングテーマ。
ここで終わってもよかったと思うのですが、後日談がありました。
香奈の手術は成功したそうです。
退院して、叔父と共に挨拶にきた香奈はすっかり塞ぎこんでいたとのこと。
原因はもちろん加奈のことでした。
自分の中に姉のように慕っていた加奈の臓器があることを知っているからです。
でも隆道は確信していました。きっともとの明るさを取り戻してくれることを。
それは母の死でさえ受け止めた香奈の強さを信じているからです。
そして4月、隆道は復学。
忙しい日々の中、隆道は目指すべき道を見つけていました。
まずは教職課程と図書館司書の2つを修めよう、という隆道が目指すものがなんなのか、薄学な俺にはわかりませんが、隆道がひたすら前向きに生きようとする姿は嬉しいものです。
隆道は変わっていました。
読書量が増え、社交性も増し、色々なことに興味を持つことに。
香奈もすっかり元気になり成長していました。
ふと加奈に呼び止められそうな、そんな雰囲気が漂う。
それはとても悲しい出来事だったけど、加奈の人生が精一杯のものだったと言う事を隆道は信じています。
同じ悲しい思い出でも、胸が引き裂かれそうなものと、そうでないものがあることを隆道は知ったのです。
まぶしい秋空。
目の端に浮いた水っ気を払いながら、また冬がやってくるな、と隆道。
一周忌にはきっと、思わず目をみはるような白い雪が降るだろう。
[ Fin ]
と言う訳でクリアーです。
とてもじゃありませんが、今までのように『クリアー!! ぱちぱちぱち』なんてやる気にはなりません。
加奈は亡くなってしまいました。
でも隆道、そして香奈は強く、前向きに生きることを選んでくれました。これはハッピーエンドだと言えるでしょう。
それでも俺は嬉しく思いながらも、単純にハッピーエンドだと諸手を挙げて喜ぶことができないのです。
それはこの俺の涙が物語っています。
これは感動の涙ではなくて、悲しみの涙だから。
加奈には生きて欲しかった。
でも話の流れから言って助かる道があるとは思えない……。
もう『美樹さんが本当に魔法使いだった』ぐらいしか助かる道が思い浮かびません。
それにしても、最後のエンディングで通りすがりの学生が話題にしていた『命を見つめて』と言う本は一体なんだったんでしょう? 加奈に関係ある本なのでしょうか。
ちなみにここに来てやっと隆道が加奈の日記をパソコンに入力しといてやる、と言い出した時の気持ちがわかりました。
隆道も加奈も。2人ともそれが加奈が残す最後の生きた証であることを理解していたんですね……。そんなこともわからないなんて……俺ってバカだ……。
ここで曲がりなりにもエンディングを迎えたので『おまけ』を見てみることにしましょう。
『プロフィール』はもう見たからいいとして。
『CG鑑賞』。
現在のCG達成率は72%。一度クリアしただけでこれですか?
『エンディング鑑賞』。
現在のエンディングは『ED5 知的ルート第二エンド おもいで』。
なにやら至れり尽くせりのエンディング名ですが、『知的ルート』って何ですか?
確かに加奈は歳不相応なぐらいに知的になってました。これってそういうことなんでしょうか。
ひょっとして知的な加奈とそうでない加奈の2通りあって、それぞれでエンディングが変わってくるってこと?
じゃあどこで知的とそうでないのと分かれるのかと言うと……あの選択肢かな。
遊びに行ってどこに行くか、とかその辺の選択肢。頭よさげな選択肢を選べば加奈が知的になって今回みたいな方に進んできて、元気な感じの選択肢を選べば、また違ったストーリーになる、と。
ふ〜む……だとするとなかなか深いですね、この『加奈〜いもうと〜』と言うゲームは。
何はともあれクリアーです。たっぷり泣かせて頂きました。
気になるのは『もし加奈を抱かなかったら』ですがそれは明日に持ち越して、今日はこの余韻に浸って寝ることにします。
以下次回!!