2002.3.13 「スゴいよ加奈……」編


 

さて。今日も参ります。

 

加奈が病院に戻る前日、隆道と加奈は2人で外出です。

どこに行こうか、という時に聞こえてきたのは加奈のお腹の虫の音。

顔を赤らめる加奈ですが食欲があるのはいいことです。

  ファーストフードで。

  定食屋で。

  レストランで。

たまの外食です。豪勢に(?)レストランへGO!!

落ち着いた雰囲気に萎縮してしまう加奈が初々しいのなんの。

加奈は『正と死』という絵に描かれたかぶと虫が気になるようです。

夏の虫だと本で読んだ、と加奈。実際に見たことの無い加奈の言葉がちょっと痛い。

そして食事も完了。次はどこへ。

  映画。

  遊園地。

  美術館。

う〜ん、せっかくの外出なのに映画なんかで時間を潰しちゃったらもったいない。

遊園地ってのも魅力的ですが、加奈にはちょっときついんじゃないでしょうか。

と言う訳で美術館へGO!!

 

どうやら加奈の知ってる画家の展覧会が開催されていたようで一安心。

しっかし加奈は画集まで見てるのか。なんかスゴいな。

海の絵を見た加奈の「健康になって海に潜りたい」という言葉がまた痛い……痛いよ加奈。

そしてトイレに行った加奈を待ってた隆道に声をかけてきたのは……

「とーどーくーん!」

「ゆ……」

思わず言葉を失う隆道。

「夕美!」

たまたま1人で来ていた夕美と偶然ばったり。

隆道に一緒に行動しよう、と夕美はハイテンションで話しかけてきますが隆道は加奈が戻ってくる前にこの場を離れようと必死です。

友達と来てて、と言い訳する隆道に夕美も渋々納得。

「あ、じゃあその前に」

そう言って夕美は軽く唇を合わせてから去っていきました。

何故隆道は夕美に加奈と来ていることを言わなかったのでしょうか。

妹と来てるなんて言うのが恥ずかしかった?

夕美と加奈を会わせたくなかった?

加奈だと知ったら夕美が一緒に行動しようと言い出すと思った?

う〜ん、1つ目以外はあり得そうだな。

 

帰り道。加奈は美術館から一言も口をきこうとしませんでした。

どうやら夕美との現場を見てしまったようです。

「……ねえ」

「ん?」

「お兄ちゃんってさ……」

「ああ」

そこまで言って加奈は表情を曇らせました。

「……何でもない」

思わずため息をつく隆道。

「明日からまた入院だな」

「……うん」

「見舞い、行くから」

「……うん」

加奈はこくん、と頷き、そして夕焼けに見とれています。

でも隆道は夕焼けが嫌いでした。黄昏は死期をイメージさせるから。

小走りに隆道の前に歩み出る加奈。

その時突風が。

振り返った加奈の目に映ったのは突風に飛ばされた空き缶でした。

空き缶は硬直する加奈を庇って腕を伸ばした隆道の手の甲に当たりました。

「……当たらなかったか?」

「……」

「加奈」

「……え?」

「大丈夫か?」

「あ……血が……」

「ん?」

空き缶は隆道の手の甲の皮膚を裂いていました。ポタポタと地面に滴る血。

ためらうことなく隆道の手の甲に口を付ける加奈。

懸命に傷口を吸う加奈に隆道はひどく興奮していました。同時にそんな自分を嫌悪しながら。

「……いいよ、もう」

「あ……」

そう言って手を引くと礼も言わずにポケットに手を突っ込むと、隆道は歩き出しました。

「どうして……」

自分への怒りで震える声。

「俺は……」

加奈との距離をとろうと早足で歩く隆道。

「あ、お兄ちゃん」

嫌われたとでも勘違いしたのであろう、加奈の不安そうな声にも気遣う余裕はありません。

「妹なのに……っ!」

握り締めた手の甲からまた血が滲んでくるようでした。

「お兄ちゃん、ごめんなさい、わたし……」

「違う!」

「きゃっ!?」

「……ごめん」

加奈の唇についた自分の血にすら興奮を感じてしまう自分に隆道はさらに怒りを募らせます。

「馬鹿、馬鹿……」

頭を振り、目を覆う隆道。

「お兄ちゃん……?」

「……ごめんな、ちょっとビックリした。別に加奈は悪くないんだ」

だから気にする必要は無い、と目を覆ったまま隆道は言います。

「……」

「……まだ血がついてるな」

血を拭ってやろうにも隆道のハンカチは自分の血で汚れていました。

親指の腹でそっと拭ってやっても半ば乾いた血は取れません。

きれいにしてやるには……濡らさないと。

そう、こうすれば−−−

「加奈……」

「お兄ちゃん……?」

隆道の唇が引き寄せられました。加奈の唇に。

疑念と不安を張り付かせた加奈の顔。

『……藤堂くーん!……』

その時隆道の頭に聞こえてきたのは夕美の声でした。我に返る隆道。

「ご、ごめん……」

「え?」

隆道はそのまま加奈の手をとって公園まで早足で歩き、水道の水で加奈の唇の血を洗い落としました。

「……ごめんなさい、お兄ちゃん……わたしが変なこと、したから……」

そう言ってぺこりと頭を下げる加奈。

「だからお願い……嫌いにならないで……」

震えるような加奈の声。

「馬鹿だな。嫌いになんてわるわけないだろ。ちょっと……ビックリしちゃっただけだ。さ、帰ろう」

「……(こくんこくん)」

そう言いながら隆道が手を置いた加奈の肩は震えていました。

 

家に帰ってからもなんとなく気まずい雰囲気は続きます。

早々に自分の部屋に戻った隆道の耳に入ってきたのは加奈がシャワーを浴びる音でした。

頭をよぎる全裸の加奈。そんなものは見たことがないにも関わらず。

妄想振り払うように頭を抱えて時間の経過を待ち続ける隆道。

そのままいつしか眠りに落ちそうになっていた隆道を覚醒させたのはノックの音でした。

ドアを開けて……そのまま絶句。

そこにはバスタオル1枚の加奈が立っていたのです。

「おまえ……ど……」

思わず一歩後ずさる隆道。

「……あの」

少し俯いた加奈の言葉は……

「下着……ないの」

「へ?」

「洗濯してなくて……下着なくって……」

「ああ……」

どうやら母親が家事を怠ったようです。思わず隆道から力が抜けました。

下着の大半は病院に持っていってあるため手元にはもう1枚も下着が残っていないそうです。

買いに行って変態扱いされるのも嫌だったのですぐに洗濯して乾燥機で乾かすことにしました。

その間どうしようかとも思いましたが自分の下着をはかせる訳にもいかないし、夕美借りてくるのも変に誤解されそうなので断念。

結局そのまま1時間ほど我慢してもらうことにてもらい、加奈は自分の部屋に戻っていきました。

そして加奈がいなくなるとその場で洗濯機によりかかるようにぐったりとへたり込んでしまう孝之でした。

「疲れる……」

 

う〜む……なにやら隆道の気持ちがかなり揺れてまいりました。

そんな自分の想いを必死で抑える隆道が痛々しいのですが、加奈の方はどうなんでしょう?

果たして兄と妹と言う関係を超えた想いまで持っているのかどうか……。

 

加奈の下着が洗濯し終えるまで隆道は自分の部屋の始めました。

運動すれば妙な想像をすることもない、という理由です。

でも押入れを空けた途端に詰め込んであったものがドサドサと落ちてきてしまい、その音を聞きつけた加奈がドアを開けて心配そうに顔をのぞかせてます。

「ああ、平気だ平気。それより部屋に行ってろ。裸なんだから」

「ううん、裸じゃないよ」

そう言って部屋に滑り込んできた加奈はパジャマを着ていました。

そりゃそーだ。ずっと裸でいるほうがおかしいって。

もっとも下には何も着けてませんでしたが。

そのまま2人で部屋を片付け始めて30分後、大体部屋は元通りに。

そして最後にしまおうとした段ボールに入っていたのはアルバムでした。

ベッドに座ってアルバムを見始める2人。

「わあ……昔の写真なんだ……」

「十年以上前のな……。なくしたと思ってた。こんなところにあったのか……」

普通アルバムってなくすか?

昔を思い出すように隆道はページをめくります。

子供の頃の四天王の写真。

元気な頃の須磨子さんの写真。

それらは加奈にとっても思い出深いものでした。

隆道にとっては何気ないものでも、加奈にとっては大切な思い出なのです。

身を乗り出して覗き込んでくる加奈。

そして少しはだけたパジャマの胸元から乳首のドアップが。

「馬鹿っ!」

「え……?」

「馬鹿、おまえ、もっと、その……」

「???」

何を怒られているのか判らない加奈は困惑するばかり。

しどろもどろになってしまった隆道は深呼吸をして少し落ち着くといいました。

「……下着つけてないんだからさ……胸元、注意しろよ」

「あ……」

やっとわかった加奈は真っ赤になって胸元を隠しますが時既に遅し。

「……ごめん、見ちゃった」

「あの、その、だから、えと……」

加奈までしどろもどろに。当然です。

「加奈、そんな時は深呼吸」

「……ふう」

「落ち着いたか?」

「……(こくん)」

「まあ……兄妹だからな……」

「う、うん……」

「すぐ忘れるし……俺、忘れっぽいからさ」

「……ん」

「あー」

そう言いながらも隆道の頭も真っ白です。空々しい2人。

「…………ごめんな」

「……ん……いい……気にしない……」

それでも加奈の顔を真っ赤。逃げるようにアルバムをめくる加奈が初々しい。

そしてさらにアルバムを見ていくうちに隆道は違和感を感じました。

ページを戻って最初からもう一度。

さらにページをめくっていきますが……。

「あれ……?」

さらに別のアルバムも。

生まれたばかりの自分の写真や、その成長していく姿が納められたアルバム。

「……お兄ちゃん?」

そして3冊目。最後のアルバムを少し震えながら開いて…………閉じる。

「……」

「……どうかしたの?」

「いや……」

たまたまだ、と自分に言い聞かせる隆道。

「……何でもない。ちょっと探してる写真があるかなと思って……」

「そう……」

「これは、もうしまおう」

「え……でもまだ全部見てないし……」

「いや、あとはたいした写真じゃないから……」

「……」

じっと隆道を見つめる加奈。

「あ、わかった……」

その言葉で隆道に緊張が走ります。

「昔の写真見られるのが恥ずかしいんだ」

そして力が抜ける。

「ああ、まあな……」

そこで乾燥機の終了する音が聞こえてきました。

「終わったみたいだ……ほら、これで下着が履けるぞ」

「やだな……もう……」

もう寝るね、と部屋を出ようとした時、加奈が言いました。

「ねえ」

「……ん?」

「キスしてた人、恋人?」

「っ!」

わずかに潤みをたたえる加奈の瞳。

「おまえ……やっぱり見てたのか……」

「恋人……なの?」

「いや……」

夕美は確かに自分の恋人。なのに何故か言いよどんでしまう隆道。

「大学生だもんね……」

「……」

しばらくの沈黙。

「……おやすみ、お兄ちゃん」

「あ、おい……」

遠ざかる加奈の足音に言い知れない罪悪感めいた感情にとらわれる隆道でした……。

 

隆道はアルバムを見て何に気付いたのでしょうか。

それはきっと加奈の写真がなかったことでしょう。会話にも全然出てきませんでしたし。

そしてそれが意味するところは…………なんでしょう?

単に小さい頃から入院生活を送っていた加奈ですので、写真が無かっただけとも考えられます。

それでも生まれた時の写真まで無いのはちょっと変です。

とすると…………何?

 

その後加奈は再び入院生活へ。

加奈は病室で本を読みまくりのようです。それも難しそうな学術書ばかり。

さらには『生きるということ』なんて哲学の本まで。スゲーな。

他愛ない話をしているとふと加奈が真剣な顔になって言いました。

「ねえ、お兄ちゃん?」

「ん?」

「人は、どうして死ぬんだろう?」

「な……っ!」

心臓が跳ね上がる隆道。

「アポトーシス」

「……はあ?」

「アポトーシス。ギリシャ語で花びらが散るって意味」

「うん……それで?」

「普通、人間の細胞が死ぬ時って、身体がそれをちゃんと理解して白血球とかが集まってきて、死んだ細胞の処理をするのね。けど老化していくと、ある時、身体に気づかれず死滅するようになってくるの」

「老衰の仕組みか……」

「死のプログラム……そう言うの。人間は、必ず死ぬようになっている。変わる環境に適応するたけ、世代交代が必要なのは理屈ではわかるんだけど……じゃあ、どうしておばさんみたいなことがあるのかなって……」

「そりゃあ……完全な人間なんていないわけで……」

隆道は思い出していました。いや、忘れようとしていたのかもしれません。

あと半年……もう半年もないことを。

「どうして、いないんだろう、完全な人間」

「……」

「完全な人間がいてはいけない理由がある? それとも進化がまだそこまで追いついていない? それなら理解できるの……物理法則上のことなら」

「……」

「命って……子孫繁栄のためだけにあると思う?」

加奈の言葉に悲観するような響きはありません。純粋な『生』への疑問。

  そうなんじゃないのか?

  わからないな……けど……

加奈ってばどうしたんでしょう? いきなり変わり過ぎです。

それとも自分に残された時間を加奈なりに感じ取って、思うところがあるのでしょうか……。

いずれにせよここで「そうなんじゃないのか?」なんてある意味適当なことは言えません。

「……けど?」

「人間に心がある以上……生きるってことの意味はあると思う。それが具体的にどういうことなのかはわからないけど……でもそれって、永遠の命題のような気がするな」

「……そうだね、わたしもそう思う」

「時間があるんなら、じっくり考えるといいさ。結論がでたらめっけもんだ。歴史の教科書に載れるぞ」

「……あはは」

ひとしきり笑って、ふっと真顔になる加奈。

「ごめんね……一日中病室にいるから、こんなことばかり考えてしまうの」

「いや、ご高閲だったよ。加奈は勉強家だな」

「勉強……か」

「どうかしたのか?」

「……本当はね、大学でちゃんとした勉強がしたい。こんな独学じゃなくて、もっとちゃんとした形で教育を受けたい」

「……いいじゃないか、大学」

「うん……分子生命学に興味があるの」

ん? 分子生命学って智樹がやってる分野だっけ?

「はは、専攻まで決めちゃってるんなら、もう迷うことないじゃないか」

「……」

「ちょっと人より遅れちゃうけど、双葉出て……そして大学に行けばいい」

「……そうね」

その時、加奈が浮かべた弱々しい微笑みに隆道の胸がちくりと痛みました。

初めてみる加奈の瞳。でも前に見たことがある瞳。

それは……須磨子さんの瞳。

それに気付いて悲鳴をあげそうになる隆道。

やめろ……やめてくれ……それは……忘れていたいことなんだ……。

「でもね、お兄ちゃん」

加奈はついっと窓の外に視線を移して言いました。

「わたしは……今を精一杯生きているつもりだから。だから、どんな結果になっても、それが私の人生だったって受け入れられる……受け入れたい」

それは悲痛な加奈の決意だったのでしょうか。

「だから、祈るの」

「祈る?」

「……生きることに、後悔しませんようにって」

そう言って振り向いた加奈の顔は、晴れやかに笑っていました。

「加奈……」

「今のわたしにとって、生きるってことは動き回ることじゃなくて、考えること。……これしかないから、藤堂加奈は誇りを持って物事を考えるの。そう……決めたんだ。どう?」

「……立派、だと思う」

「ありがとう」

その時、隆道はふと気付きました。いつの間にか加奈は自分よりもずっと遠くを見ていて、賢くなっていることに。

と言うか実年齢高校2年生の考えることじゃありません。

長い入院生活と大量に読んだ本により、加奈の精神は成熟したものになっているのでしょうか。

「ねえ、肩……抱いて」

「あ……うん……」

そう言って加奈を抱きしめる隆道。

「温かい……」

「暖房、入れるか?」

「ううん、こっちの方が温かいから」

「……」

「……でも、すぐに終わっちゃうね」

そう言って加奈から離れると隆道は、また来るから、と言って病室を出ようとしました。

そして止まる。言葉をかけたいと思った隆道。

たとえそれがどんな欺まんであっても……嘘であっても。

「なあ、今度、遊ぼう!」

「え?」

「ぱーっと遊んで、元気だして、それで頑張ればいい。な?」

「……う、うん」

「嫌か?」

「ううん、そんなことない……けど……」

「けど?」

「……なんでもない」

そう言って加奈が見せた笑顔は、隆道には無理矢理作った笑みに思えてなりません。

「そうだね、じゃあ今度退院した時に元気があったら、どこかに連れて行ってね」

「ああ、約束だ」

そう言って病室を出る隆道でした。

 

…………ふう。

何やら哲学めいた話になってきました。加奈の思考はどんどん深いものになってるようです。

そして最後に見せた笑顔。

やはり加奈は自分の死期を悟っているのでは……。

展開が展開だけに、突っ込みどころが少なくて困ります。

 

病室を出た隆道は相変わらず自分の他には一向に現れない見舞い客に心が重くなります。

須磨子さんには家族と大勢の友達がいました。

でも加奈にはそんな友人は居ないのです。……ってそう言えば勇太は?

たぱたぱたぱ。

気の抜けるようなスリッパの音が隆道の背後で止まりました。

「兄ちゃん!」

それは須磨子さんの娘さん、香奈。

「香奈か……何やってるんだ?」

「お姉ちゃんの見舞いに行くのじゃ」

「そうか……」

「んじゃ」

そう言って香奈は加奈の(まぎらわしい…)病室に入っていきました。

須磨子さんが亡くなった時は流石にナーバスになっていた香奈ですが、もうすっかり元気になったようです。

それに加奈に懐いているのも相変わらず。

見舞いがいないわけじゃないだ、と隆道もちょっと安心です。

 

「隆道君」

廊下を歩いていた隆道に美樹さんが話しかけてきました。

「美樹さん……」

「こっちに来てちょうだい」

病室棟からロビーに。美樹さんの真剣極まりない表情がこれから話されることを既に告げていました。

「加奈のこと、ですよね」

「……」

「容態、どうなったるんです」

「進行……してる」

「それで……時間は……」

「……」

「加奈に残された時間は? あとどれくらい生きていられるんです?」

 

「……入院中、吐血があったの。二回」

 

ひゅう、と風のような音。それは隆道自身が発したひきつり声。

「吐血……でも今までそんなことは……」

「貧血が、あったでしょう?」

「はい……」

「今の加奈ちゃんの血液には凝固機能が失われつつあるの。血小板が減少してしまってるから……いつ胃や十二指腸から大量出血をしてもおかしくない状態……なの……」

「え?」

「あと一度、大量出血が起こったら……」

ぽろぽろと涙を落として、ぐすぐすと鼻を鳴らして。

美樹さんは隆道に言いました。

 

「助からないのよう」

 

「いつ、起こるか……わからない……だから……だから……」

「……」

「ご両親とも話し合って、加奈ちゃんに最後の退院を……」

「さ、最後とか言わないで下さいよ!」

「……うっ、うっ」

泣きたいのはこっちだ、と隆道は思います。でも泣けないのです。

時間を置いて数倍に膨れ上がった悲しみに、押しつぶされるように泣く。いつもそう。

「最後の退院……て、いつくらいです?」

「多分、来週くらいになると思うけど……」

「……」

「ねえ、隆道君。私の一生のお願い。これから、毎日一緒にいてあげて」

「……そんな話聞いたら、そうするしかないじゃないですか」

「うっ、うっ、うっ……私、駄目。加奈ちゃんの顔見ただけで、涙が出ちゃいそう」

「見てやって下さい。加奈の生きている時間を、一秒でも長く」

「隆道くぅん……」

「その目に焼き付けておいて下さい、加奈のことを」

「うううぅぅぅぅぅー」

そして美樹さんはさらに涙を流します。

もうベテラン看護婦と言ってもいいくらいの美樹さん。

おそらくもう数え切れないくらいの『死』を見届けてきたことと思います。

それでも加奈は特別なのです。新米だった時からずっと面倒みてきた加奈のことを妹のように思っていたのでしょう。

そんな美樹さんに隆道は感謝の気持ちを述べます。

「今まで、本当にありがとうございました、美樹さん」

「うわあああぁぁぁぁぁぁぁん」

それはとりも測らず、加奈がもうすぐいなくなることを表す言葉だったのでした……。

 

はぁぁぁ………………。

か、加奈が…………………………。

……さ……最後の…………『最後』の退院………………。

なんてこった…………。

 

加奈は腎臓を患っています。しかも慢性腎不全。

そんな細かくも現実的な設定があるために話がリアルかつ重いんです。

ちょっと……キツいです。マジで。

今回会話を多く書き取りすぎたってのもあるんですが、精神的にちょっと……。

でもこれからまだどんどんクるんだろうなぁ……。

以下次回、です。


前へ   トップへ   次へ