2002.5.20 「信じる、信じるよ俺は……」編


さて。

クリアいたしました「銀色−完全版−」。

 

それでは第四・五章について考えてみたいと思います。

 

まずは第四章の過去編。

大井跡とあやめが「銀糸」を作っていくことで互いに惹かれていく(こんな生易しい表現では足りませんが)過程が丁寧に描かれていました。

そして二人がどんなに「あやめ」が咲くことを心待ちにしていたか、も。

この点に関して文句のある人は一歩前に。

 

そして現代編。こちらも問題無いでしょう。

しゃべることができないあやめと、そのことで間に「線」を引かない三井が互いに(以下略)。

カウンセラーがかなりムカつく奴として描かれていたせいもあって、非常に感情移入しやすかったです。

2人が結ばれた時は本当に嬉しかったです、はい。

この点に関しても文句のある方はさらに一歩前に。

 

ちなみに第四章で三井の選択肢によってはバッドエンドもありえます。

そのどれもが究極に痛い。

何故自分に気を使ってくれるか、というあやめの質問に「友達だから」なんて答えたが最後、もうあやめと会うことはできなくなってしまいます。

あやめから告げられる『さよなら』。

か、悲しい……悲しすぎる……。

 

しかしもっとひどいバッドエンドがありました。

あやめが襲われている時に三井が人影を見ても無視する選択肢があるのです。

うっかりそこで無視しようものならあやめはそのまま……。

 

 

いつしか喫茶店は閉店し、三井も街を出て行くことに……。

 

 

ごふっ(吐血)

 

 

と、その選択肢を選んだことを本気で後悔することになります。

やめておいた方が身のためです。精神衛生上よくありません。

 

 

問題はここからです。

むしろ全編における『本編』とも言うべき第五章「錆」。

 

最初に語られたのは第一章で「名無し」と呼ばれていた少女の生い立ちでした。

激しい旱魃(かんばつ)によりたった2人きりで投げ出された姉妹を襲った悲劇。

母親とその妹による愛を知ることも無く色街の男達に拾われた「あやめ」と言う名の赤子。

しかしその名が男達に伝わる事は無く、そのまま成長した赤子は「名無し」となったのです。

そう考えると儀助が「名無し」に「あやめ」と名付けたのは運命だったのかもしれません。

あやめの花を綺麗だと言った「名無し」。

例え自分の親のことは知らなくても、心のどこかで「あやめ」と名付けられた赤子の時のことを覚えていたんだと信じたいです。

ありえない話だとは思いますが、そう信じたいじゃないですか。

 

そして大井跡とあやめ。

一夜限りの夫婦として結ばれた2人でしたが、その幸せは想像以上に短いものでした。

銀糸を完成させるために命を捨てる気でいた大井跡の代わりに、自分の命を差し出したあやめ。

しかし銀糸に捧げる命は大井跡の命でないと意味は無く、その悲しみに大井跡は慟哭します。

俺としてもほとんど想像していた通りだったとは言え、このあまりの悲しさには涙を止めることはできませんでした。

その後大井跡は銀糸に己の命を捧げます。

でもそれは他の誰のためでもなく、全てはあやめのため。

『あやめ』と言う名を持つ者のために大井跡は銀糸を完成させて死んでいきました。

ただ一緒にあやめの花を見たかった、と言う想いを残して……。

 

一方現代編の三井とあやめ。

三井からもらった自信と勇気を胸に勇んでいたあやめの気持ちを粉々に砕いたカウンセラーの言葉。

『もう声は戻らない』

その上あやめを怒鳴りつけ、その全てを否定するかのごとくわめき散らすカウンセラー。

もうこいつ死んでいいよ、マジで。

こいつが開業してること自体不思議です。

何であやめの父親(マスター)はこんな奴のところにあやめを行かせてたんだか……。

知り合いという話でしたが、こんな奴とはとっとと手を切ってください。

 

声が戻らないことを知り、他人と自分の間に消えない『線』が出来てしまったことを知ったあやめ。

もう三井のところにも行けない。

誰にも頼ることはできない。

唯一頼れるとしたら……それは伝説の銀の糸。

どんな願いでも叶えるという銀の伝説。

あやめは祈ります。

 

『線』を無くして。

皆と同じ世界に連れていって。

 

その時糸から聞こえてきた謎の声。

それは銀糸に願いを込めたが故に、代償として大きな物を失ってきた者達の声。

 

その頃、あやめをひたすらに信じ、ただただ待ち続けていた三井にも声が聞こえてきます。

 

一体それは何だったのでしょうか。

 

銀糸には、銀糸に関わった人間の想いが込められていたのでしょう。

中でも銀糸を作った大井跡とあやめの想いが。

『あやめ』という名の者のために作られた銀糸。

一緒にあやめの花を見たかったという想いが込められた銀糸。

奇しくもそれは儀助と「名無し(あやめ)」の想いでもありました。

その想いが現代における『あやめ』の願いに呼応したと考えるのが自然だと思います。

 

三井の待つ公園の水辺にやってきたあやめ。

そこで見たのは一面に咲き乱れるあやめの花。

一緒にあやめの花を見ることができた。

それは銀糸と作った大井跡とあやめの願いが叶った瞬間。

ひいてはそれは銀糸そのものの願いでもあり、存在理由が無くなった瞬間でした。

そして「線を無くす」と言う『あやめ』の願いを叶えた時、銀糸はその役割を終え、消えていったのです。

 

ここで気になるのは、この後出てきた一章から三章までのヒロイン達のハッピーエンドです。

 

儀助と『あやめ』の平和な暮らし。

頼人と狭霧が神社で過ごす楽しい日々。

志朗と結ばれた朝奈に結婚を祝福され、それを心から喜ぶ夕奈。

 

これは一体何だったのでしょうか。

 

銀糸の見せた一時の夢だったのか。

それとも現実なのか。

 

俺は現実だと思いたいです。

つまり銀糸は『過去』すら変えたのだと。

大井跡とあやめのハッピーエンドが無かったのは、その想いを全て三井とあやめが成し遂げたのと、2人の不幸は銀糸が完成する前のことだから、と考えています。

 

 

以下は俺の勝手な想像です。戯言なので聞き流してください。

 

死の直前に「名無し」は「生きた証が欲しい」と銀糸に願います。

「生きた証」とは最初『名前』だと俺は思っていました。

それは間違っていないと今でも思っています。

でもそれだけではなかったのです。

儀助と平和に暮らす、その1日1日こそがそれまで生きてきたのかどうかもわからない『あやめ』にとって「生きた証」なのではないか、と思うのです。

 

そして狭霧と頼人。

狭霧は「里の皆の幸せ」を望んでいました。

そしてそれは狭霧の犠牲によって成しえられた、となっています。

本当にそうなのでしょうか。

狭霧が死ぬことにより「里の皆」は幸せになったのでしょうか。

少なくとも狭霧を育ててきた神主である一輔や、狭霧のことが好きだった子供達は幸せではないでしょう。

何より狭霧自身も「里の皆」に入っていない訳がないと思うのです。

つまり狭霧自身が幸せにならないと銀糸が願いを叶えたことにはならないのです。

 

最後に朝奈と夕奈。

朝奈は姉である夕奈の結婚相手を探そうとして銀糸に願いました。

でも結果はご存知の通り、最悪の方向へと進んでしまっています。

あくまで夕奈の幸せを願っていた朝奈にとっては全く願いが届いていないことになります。

小さな願いの1つ1つを見れば確かに叶っていると言えなくも無いですが、大局的に見ると全く叶えられていないのです。

そして注目すべきは2人の母親の名前が「あやめ」であったと言う事実。

当然死ぬ直前だった母親の「あやめ」の願いは子供達の幸せだったでしょう。

銀糸に向かって直接願ったかどうかはわかりませんが、銀糸を手にしている時にそのことを全く考えたことは無いとする方が不自然だと思います。

「あやめ」の願いである朝奈と夕奈の幸せ。

それは全く叶えられていなかったのです。

 

上記の通り、銀糸に込められた願いはほとんど叶えられていませんでした。

でもそれらの願いが一気に叶えられる時が来るのです。

 

それが現代であやめが銀糸に願いを込めた時です。

 

ただ注意しなくてはいけないことがあります。

あやめは第四章で「あやめに咲いて欲しい」と願いました。

でもその時はあやめの花が咲くことは無く、願いは叶えられていません。

何故願いが叶えられなかったのか。

ただ目を瞑って祈っただけなので、銀糸に直接願った訳ではないから、とも考えられます。

でも朝奈は銀糸ではなく、首飾りに形を変えていた銀糸についていた白い石の方に願いを叶える力があると思っていたことを思い出してください(ってこれプレイ日記中に書いてないですね。すいません)。

銀糸の存在を知らず、首飾りが願いを叶えると聞いていた朝奈は銀糸ではなく、それについていた白い石に願っていました。

つまり朝奈は銀糸には願っていないのです。

それでも願いが(ある程度)叶えられたことを考えると、あやめの願いが叶えられなかった理由が「直接ではないから」とは考えにくいです。

そうなるとここは「まだその時ではなかった」と考えるべきでしょう。

まだ願いを叶える時ではなかった。

つまり「まだあやめの花を咲かせる時ではない」と銀糸が、銀糸に込められた大井跡とあやめの想いが判断したのではないでしょうか。

「あやめを咲かせる」というのは銀糸にとって、そして大井跡とあやめの想いにとってはその存在理由とも言える願いです。

時を選んだとしても不思議ではないと思います。

 

それではその願いを叶えるべき時とはいつなのか。

それが最後にあやめが銀糸に願った時です。

 

「線」を消したい。

皆と、三井と同じ世界に行きたい。

 

つまりその願いとは『一緒にいたい』ということ。

 

それこそがあやめの本当の願いであり、銀糸に込められていた全ての想い。

 

その願いが叶えられた時、銀糸に願いを込めてきた悲しい者達の願いが一気に時代を超えて成就されたんだ、と考えることはできないでしょうか。

 

……できないでしょうか。

 

 

 

……できないでしょうか。

 

 

 

もちろん自分でもわかってます。

上で言ってることは何の根拠も無い、いわばデタラメだってことは。

何が何でもみんなに幸せになってもらいたい、と言う俺の願いによって強引に捻じ曲げられた解釈です。

でもいいじゃないですか。

解釈なんて人それぞれなんですから。

俺はみんなが幸せなってくれたんだ、と信じたいんです。

 

この考えの中で少しでも頷けるところがあったと感じて頂けたのなら幸いです。

 

 

 

ちなみに銀糸の物語はこれで終わりません。

石切の物語があります。

銀糸に関わったが故に命を失い、久世に願いにより生き返った石切。

第五章までクリアすると、最初のメニューに「銀色」というメニューが登場します。

これこそがその後の石切の物語でした。

 

久世が石切を助ける時に銀糸に向かって言った言葉は「死なせないでくれ」。

それ故に石切は生き返っただけではなく、不老不死の体になっていました。

そしてその使命は全ての銀糸の終わりを見届けることになったのです。

それは久世との約束でもありました。

久世に託された銀糸を琴の弦に変えて、その琴を寄進した後石切は旅に出ます。

世界中を回る旅に。

その旅は数百年経っても続いています。

旅の終わりは銀糸の終わり。

世界に散らばるいくつもの銀糸の終わりを見届けるまで石切の旅は続くのです。

それが自分の『業』だと言う石切は笑顔でした。

果たして石切の旅が終わるのはいつの日か……。

 

さてこの石切編。

この物語にはどのような意味があったのでしょうか。

皆を救いたいと言って銀糸を求めていた石切。

しかし銀糸を手に入れてもその力を使うことはありませんでした。

久世に言われたから。

それだけではないでしょう。

石切も気付いていたのです。

願いは自分で叶えるものだと。

何かを手に入れるためには代償が必要になる、と何人もの人間が言っていました。

石切の命が助かった代償が久世の命と自分の死ねなくなった体だとしたら、その代償のなんと大きな事か。

しかし、その自分に課せられた役目を果たそうとする石切に迷いはありません。

だからこそあの笑顔ができるのでしょう。

銀糸に関わった者全てがその運命に飲まれる訳ではない、と言うことを石切は示してくれたように思えます。

願わくは、早く石切の旅の終わりが訪れますように……。

 

本編終了後、「ねこねこ」恒例の「おまけ」をやってみました。

おまけのショートストーリーは4つ。

「みずいろ」×2、「銀色」×2 です。

「みずいろ」は雪希と海に行ってほのぼのする話がまず1つ。

もう1つは日和とのH。

相変わらず報われないな日和は……。

「銀色」はまずあやめと三井のH。

「みずいろ」をプレイした三井が健二に憧れてあやめにバニーの恰好をさせて……というもの。

これは大爆笑させて頂きました。

俺は虎になるんだぁあ!(笑)

もう1つは「ジョジョの奇妙な冒険」のパクリと言うか何と言うか。

ソフト会社がここまでやるか……と唸らせてくれる一品(?)です。

 

あ。

あと1つ言わせて頂きます。

第二章で狭霧がすごく日和っぽいのが気に入らない、みたいなこと書きました……が。

アレ取り消します。

狭霧が日和っぽくボケボケしてしたいるからこそ最後の悲劇が際立ってくるのだと思います。

だから狭霧はあのままがいいんです。

第二章をクリアした後で他の方のサイトをチラッと見てみた時に、あの日和っぽさは「完全版」から加わったのだと知ってちょっと不快に思ってしまったのです。

早計でした。すいません。

 

 

 

一気にクリアしてしまった感のある「銀色−完全版−」。

ですが、俺の心にはかなり印象深く残ってます。

もっと早くこの作品のことを知りたかった、とつくづく後悔。

 

そして「銀色−完全版−」プレイ日記はコレにて終了です。

あとは例によって総評やキャラ別感想など。

それではっ!


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