2002.5.19 「あやめ……」編


え〜とですね。

いきなり種明かし的な話をいたしますと、「銀色」は全4章ではありませんでした。

全5章+αです。

でも第四章と五章は連続で、かつ内容も繋がっているので1つの章として見ることができるかもしれません。

 

そしてその内容はと言うと……。

 

いや、それは後に譲りましょう。

言える事はこの第四章と五章は「銀糸」の生まれた訳。

そして迎える「銀糸」の……いや、これも後にしましょう。

とにかくストーリーは過去編と現代編が交互に現れます。

 

では簡単ながらあらすじ紹介。

完了後、感想・(稚拙な)解説を述べたいと思いますのでお付き合いください。

 

 

 

−−−第四章 銀色(ぎんいろ)−−−

 

舞台は現代。
家業の喫茶店を手伝うヒロインは、誰にも『言えない』秘密と哀しみを背負っていた。
本人さえも、その原因が『銀色』に関係しているとは考えてもいなかったのだが…

(以上、公式サイトより)

 

長く続く旱魃(かんばつ)により民が苦しんでいた。

その地を治める領主・久世はその打開策を小領主・大井跡(たいら)に依頼する。

大井跡の一族に伝わると言う秘法。

願えばどんな願いでも書けることができるという銀の糸。

自然の理を覆すその秘法。

大井跡はためらいながらもその申し出を引き受ける。

 

大井跡には秘密の場所があった。

誰も来ないような奥深い水辺。

そこに花が咲いた風景は大井跡にとって特別なものであり、自分だけのもの。

何か思い悩む事がある時はいつもそこに行った。

 

銀糸のことで思い悩んだ大井跡がその場所へと向かうと花は咲いていなかった。

いつもであればもう咲いていてもいい季節だと言うのに咲いていない花。

その代りに大井跡はそこで1つの出会いをすることになる。

大井跡と同じように何かあるとその場所へやってくる、という大井跡が治める村の娘。

娘の名前は「あやめ」と言った。

 

 

大学生・三井真也。

三井は大学の近くに引っ越してきたばかりで道に迷っていた。

そこで目に入ってきた1軒の喫茶店に入った三井は1人の少女と出会う。

赤いリボン、そしてセーラー服にエプロンをつけ、何故かホワイトボードを持っている少女。

おそらくは店の従業員かと思われる少女は会話を全てホワイトボードで行っていた。

少女はしゃべることができないようだった。

 

翌日、また例の喫茶店に向かう途中、三井は少女が2人の男に絡まれている場面に遭遇する。

さりげなく話しかけ、少女を男達から救った三井。

彼女の荷物を持ってあげて、一緒に喫茶店へと向かう。

そこで三井は少女の名前を聞いた。

少女の名前は「あやめ」と言った。

 

 

大井跡は銀糸を作る決心をする。

それさえあれば旱魃から民を救うことができる。

自分を頼ってくる大勢の民を。

 

大井跡は花の咲かない水辺であやめと再会する。

旱魃を無くそうとする大井跡の手伝いをしたい、と言うあやめ。

何でもやるのか、と言う大井跡に自分に出来ることしか出来ない、とあやめは言う。

周りには自分にすがる者しかいない大井跡にとってそんなあやめは新鮮だった。

領主である自分に気さくに話しかけてくるあやめに心の安らぎを求めていたのかもしれない。

花が咲くことを待ち望む2人による銀糸を作る作業が始まった。

 

 

喫茶店に毎日通う三井。

そのたびにあやめとも仲良くなっていった。

 

喫茶店が休みの日、三井はあやめを外出に誘った。

あやめが三井を案内してくれたのは彼女のお気に入りの場所。そして特別な場所。

それは大きな公園の静かな水辺。

青々とした草の生えた綺麗な水辺だった。

その草は「あやめ」であり、ここ数年花を咲かせていないのだとあやめは言う。

小さい頃母親と来ていた時は咲いていた、とあやめ。

三井は彼女の母親を見たことがなかった。

おそらくはもう亡くなっていたと思う三井だがあえてそのことを聞こうとは思わない。

『はやく咲いて欲しいですね』

そうホワイトボードには書かれていた。

 

 

銀糸の製造作業は順調に進んでいた。

銀色に光る美しい糸。

あやめはそれを見て素直に感動する。

これが旱魃から皆を救ってくれるのだ、と。

しかし大井跡はそれを素直に喜べない。

銀糸を完成させるには『代償』が必要だから。

あやめはそのことを知らない。

「頑張りますね!」

そう明るく言った。

 

 

あやめはカウンセラーに通っていた。

目的はもちろん失語症を治すためだった。

しかしもう数年通っていたものの回復の兆しは無い。

肉体的なものではなく、精神的なもので失われていると思われるあやめの言葉。

カウンセラーはあやめに言う。

他人に頼るな。

自分を障害者だとわかるように行動しろ。

他人と自分に線を引くようにしろ。

三井はあやめを応援してくれていた。

あやめもそれに応えようとしてた。

そんな2人の心を否定するかのようなカウンセラーの言葉だった。

 

あやめは子供の頃、例の公園の水辺で銀色の綺麗な糸を拾った。

それはまだあやめの花が咲いていた頃。

その銀色の糸は友達に取られても。

母親に言われて元の場所に捨ててきても。

そのたびに何故か次の日の朝になると自分の机の上に戻ってきていた。

とても不思議な銀の糸。

あやめは子供心に誰かに自慢したくてしょうがなくなった。

思い浮かんできた相手は母親だった。

 

明らかにあやめは元気が無かった。

三井はあやめにその原因を聞いてみる。

もちろん原因はカウンセラーに言われた言葉だった。

もうしゃべれないかもしれない、と落ち込むあやめ。

そんなあやめを必死に励ます三井。

ただ悲しそうなあやめの顔を見ていたくない一心だった。

やがてあやめは涙を流しながらホワイトボードにペンを走らせる。

『ありがとう』

三井は公園の水辺にあやめを誘う。

返ってきたのは満面の笑顔だった。

 

 

作業の合間を縫っては大井跡とあやめは水辺に足を運ぶ。

咲かない花。

生きている間にもう1度見たい。

大井跡は思う。

早く咲いて欲しい。

2人はそう願った。

 

 

公園のあやめは咲かないままだった。

花が咲いている風景が想像できない、と三井。

そんな三井にあやめは父親に聞いた「銀の伝説」を語る。

銀は月の雫が落ちてきたもので不思議な力を持っている。

その雫から生まれた銀に願い事を掛けると叶うのだとあやめは言う。

あやめの母親はある日突然倒れて、そのまま帰らぬ人となってしまっていた。

その母と一緒に花を見に来たときにあやめは銀の糸を拾った。

その時あやめは自分と同じ名前の花を見てとても嬉しかった。

しかしそれ以降公園のあやめは花を咲かせていない。

銀の糸はその時に拾ったもの。

その銀の糸はどうしたのか、と三井が聞くとあやめは髪のリボンを解いてみせた。

その下には銀色に輝く糸。

願いが叶う、と言う父親の話からあやめはその銀の糸を捨てることができずにいた。

 

どこに行っても自分のところに帰ってくる魔法の糸。

母親に自慢しに行くと、思いに反して母親は怒った。

捨ててくるように言ったのに何故また拾ってくるのか、と。

勝手に戻ってくる、と言う自分の言葉を全く信じない母親。

ただただ頭ごなしに怒鳴りつけてくる。

(もうおかあさんなんか……)

あやめは思う。

 

『…オカアサンナンカ…』

 

あやめはカウンセリングに向かう。

そこでカウンセラーの口から出てきた言葉はあやめの全てを否定した。

公園の水辺も。

三井も。

何かに頼ってはいけない。そうカウンセラーは言う。

あなたは普通ではない。

マイナスな意味での特別。

常に誰かの負担になっている。

そんなカウンセラーの言葉にあやめの中で何かが崩れた。

 

店に帰ったあやめを待っていたのは優しい笑顔の父親。

そして大勢の大学の友人に囲まれた三井だった。

三井に声をかけられてたあやめはその中に入ることができない。

自分が入ったことのない世界。

大勢で楽しく過ごす世界。

それはあやめが経験したことのない世界だった。

三井に迷惑をかけるのが怖かった。

三井に『線』を引かれるのが怖かった。

逃げるように自分の部屋へ駆け込む。

 

みんなと同じ世界に行きたい。

みんなと同じ場所で楽しく話してみたい。

あやめは泣きはらした顔で鏡の中の自分に話し書ける。

 

『 オカアサン…ナンカ… 』

 

突然倒れ、病院に担ぎ込まれた母親。

大勢の医師に囲まれあやめは質問責めに遭う。

何もわからないあやめ。

ただ怖くて泣いていた。

みんな母親のことを自分のせいにしようとしているのだと思った。

 

家に帰っても父親は何もしゃべらなかった。

父親もわたしのせいにしようとしているのかもしれない、とあやめは思う。

ただ糸を母親に見せたかっただけなのに。

自分のせいじゃないのに。

何も知らないのに。

何も話すことはできないのに。

 

『 ハナシタクナイノニ… 』

 

糸が光った気がした。

 

 

花の咲かない水辺で2人は語らう。

そんな中、あやめは何故妻を娶らないのか、と大井跡に聞いてきた。

妻に娶りたいと思う相手に巡り合わなかった、と大井跡は答える。

いつかきっとお似合いの素敵な方が現れますよ、とあやめは赤い顔をして言った。

しかし大井跡には時間が無かった。

 

ある日、大井跡はあやめに銀糸を作る法の書いてある木簡を読んでやっていた。

そのまま読んでもあやめには理解できないのである程度噛み砕いた内容で。

でも最後の部分に来て大井跡の口は止まる。

先をせかすあやめ。

重い口を開いて出てきた大井跡の言葉。

「…代価として命を払う」

糸に命を吹き込むには代価として命を捨てる必要があった。

あやめはそれを知ってしまった。

 

 

あやめの様子はあきらかにおかしかった。

三井は喫茶店に向かい、あやめと話そうとするもあやめは明らかに三井を避けていた。

まるで逃げるように去っていってしまう。

三井にはどうすることもできなかった。

 

母親が倒れた日の翌朝、あやめに父親が話しかけてきた。

でも返事をしようにも声が出なかった。

必死で声を出そうとするあやめ。

何でもいいから叫ぼうとするあやめ。

でも声はでなかった。

 

あやめはしゃべることが出来なくなっていた。

 

三井は喫茶店に足を運ぶ。

しかしあやめの様子はおかしいまま。

一言も話さないままの日々が続く。

家に帰っても浮かんでくるのはあやめのことばかりだった。

 

 

花の咲かない水辺に2人。

誰か代わりになる人間は、と言いかけて言葉を切る。

大井跡にはあやめの言いたいことがよくわかった。

銀糸を作るために、旱魃から皆を救うために大井跡は命を投げ出すつもりだった。

命の重みに差など無い、と大井跡はあやめに言う。

それでも、とあやめは言う。

大井跡でなくとも、とそんなことばかり考えてしまう。

大井跡は何も言わずにあやめの小さな背中を見つめていた。

 

銀糸の作業は進む。

そんな中、大井跡はあやめに何故誰の所にも嫁がないのかを尋ねてみた。

あやめは顔を赤らめながら大井跡と同じだと言った。

嫁ぎたいと思う相手に巡り合わなかった、と。

嫁ぐのであれば本当に添い遂げたいと思う相手を望むあやめは本当に大井跡と同じだった。

でも、とあやめは言葉を続ける。

そんな心配をしなくても誰ももらってくれない。

笑顔であやめはそう言った。

そんなあやめに大井跡は、お前ならどんな者でも娶りたいと思う、と言った。

きっとあやめなら幸せになれる。

それは大井跡の本当の気持ちであり希望。

そしてあやめは言った。

もし自分が娶ってと言えば嫁にしてくれますか、と。

もうすぐ消え行く大井跡に嫁ぎたい、とあやめは言う。

その理由を尋ねた大井跡。

「大井跡さまの妻になりたいのです」

真っ直ぐに大井跡を見つめるあやめ。

でもそんなことができるはずがない、と大井跡。

やはり高望みでした、とあやめは悲しそうな顔をする。

(違う、そんな事じゃない)

心の中で呟いた言葉は口にすることができなかった。

 

 

三井は喫茶店に向かう。

しかしあやめの姿は無かった。

父親であるマスターは三井に感謝していた。

最近のあやめの様子がおかしいのは三井に関係しているであろうことはマスターも気付いていた。

その上で人との関係を避けてきたあやめにとって、そのことはいいことだと。

どんな気持ちで三井があやめの相手をしているのかは問題ではない、とマスターは言う。

線を引かないでやって欲しい。違った者として見る距離では無く線。

それはマスターの願いだった。

誰よりも娘のことをよく知る者の暖かくて厳しい言葉。

 

家にいると三井が訪ねてきそうであやめは外をあても無くさ迷っていた。

そして気がつくと夕暮れ。

公園の水辺にやってきていた。

あやめの花は咲いていない。

たとえ花期が過ぎているのはわかっていてもこの日はあやめの花が見たかった。

ねえ咲いてよ、とあやめは願う。

たって一輪でもいいから鮮やかな紫を私に見せて、と。

それでもあやめの花が咲くことはない。

もうこの場所に来るのはやめようと、あやめは咲かない花に背を向けて歩き出す。

一歩、二歩、三歩。

数歩歩いたところで最後にもう一度だけ振り返ってみようと思った。

咲いている筈は無い。

でももしかしたら最後に咲いた姿を見せてくれるかも。

もし咲いている姿を見ることができたら。

もしかしたら自分も変われるかもしれない。

 

『お願い…咲いてよ…』

 

心の中で祈り、目をつぶったまま振り返る。

そして勇気を出して目を開いてみる。

心の中で懸命に祈りながら目を開いてみる。

 

そこにあったのは青草のまま風に揺れているあやめ。

 

『咲かないあやめだね…』

そう心の中で呟いてあやめは歩き出した。

時刻はもう夜の9時半を過ぎていた。

 

暗い夜の公園。

あやめは不安を感じて早足で歩く。

そして駆け出そうとしたあやめの肩を何者かがつかんだ。

そこにいたのは見覚えの無い男。

気味の悪い笑い。

草むらに引きずりこまれ押さえつけられるあやめ。

男はあやめがしゃべることができないのを知った上であやめを襲ってきた。

あやめにできるのは心の中で助けを求めることだけだった。

 

 

花の咲かない水辺。

そこで大井跡は一つの提案をあやめに出した。

このまま銀糸を放ってどこかに逃げようか、と。

全てを忘れて静かに暮らす生活。

自分でも本気で言っているのかどうかわからない言葉。

「…本気ですか?」

あやめはそう聞いた。

 

銀糸の完成が近くなっていた。

残すは最後の儀式。

『代価』

大井跡の命を糸に捧げれば全ての法が終わる。

その時あやめが明るい表情で言った。

「やっぱり二人で逃げましょうか?」

あやめの口から語られる明るい将来の暮らし。

それはいつか水辺で大井跡が言っていたこと。

大井跡とあやめによる新しい生活。

静かで、のどかで、幸せな生活。

やめろ、と大井跡の声が響く。

あやめもいつしか泣いていた。

大井跡はあやめに謝罪する。

自分があやめの心を惑わすようなことを言ってしまったから。

大井跡はあやめの哀しむ顔を見たくなかった。

でも。

あやめが泣き止むことはことは無かった。

 

 

三井は夜の町を歩いていた。

すっかりおそくなってしまったため、近道をしようと公園の中を横切る。

その途中、暗闇で見かけた人影。

気になって気付かれないように近づいてみた三井の視界の片隅に入ってきた見慣れたもの。

それは道端に落ちたホワイトボードだった。

そして聞こえてきた男の怒号。

考える前に体が動いていた。

茂みを一気に飛び出た三井の目に飛び込んできたのは一人の男に押さえ込まれているあやめの姿。

「テメエッ! 何してやがるッ!」

 

男は三井に何発かもらうと逃げていった。

あやめは三井の胸の中で声にならない声で泣いた。

 

 

静かな夜。

あやめは一つだけ聞いてください、と大井跡に言った。

妻にしてくれ、と。

 

 

三井はあやめを休ませてやろうと自分の部屋へと連れてきた。

ただ自分があやめのそばにいたかったから。

エゴだと呼ばれてもあやめの力になりたかった。

 

三井の入れたコーヒーを飲んであやめは久々に笑顔を見せた。

そして今までのことを全て三井に話してくれた。

 

謝罪と共に全てを語り終えた時、あやめは涙を流していた。

三井は言う。

以前にあやめとした「必ず言葉を取り戻す」と言う約束を取り消す、と。

あやめが言葉を取り戻すのがどうしようもなく辛いのならこのままでも構わないと思う、と三井は言う。

思い出すのはマスターの言っていた「線を引かないでやって欲しい」という言葉。

三井は思う。

喋れるか喋れないかなんて関係なかった、と。

このまま何も変わらなくてもずっと側にいる、と三井。

そんな三井に悲しそうな顔のままあやめは尋ねる。

何故そんなに気を使ってくれるのか。

三井は答える。

 

「君が…好きだから」

 

自分の気持ちを正直に答えた三井にあやめは言った。

話せるようになるための努力を続けることにする、と。

そして三井に見せたメモに書かれた言葉。

 

『自分の声で好きって言いたいから…』

 

 

その夜、大井跡とあやめは祝言をあげた。

2人だけの祝言。

 

「これより我が妻だぞ…」

 

『…はい』

 

 

結ばれた夜。

大井跡はあやめに告げた。

その一言を言うために今まで生きてきたのだと思える言葉。

 

『…愛しているぞ…』

 

 

夏の日差しが暑い日。

今日も喫茶店ではあやめが笑顔で三井を迎える。

確かに幸せだと言える小さな充足感。

 

 

領主である久世の使いとしてやってきた舎人(とねり)にあやめを妻だと紹介する大井跡。

舎人が帰った後、妻だと紹介してもらったことを喜ぶあやめに当り前だと大井跡は返す。

 

 

タウン誌に紹介されていたお気に入りの場所を丹念に読んでいるあやめ。

また行ってみようか、という三井の言葉にあやめの顔明るく晴れわたる。

 

 

日の沈む前にあの場所に行ってみましょう、とあやめが大井跡を誘う。

もう花が咲いているか見たい、と。

あやめにつられるように大井跡も元気に応じる。

あやめの顔には満面の笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

ここで一度スタッフロールが。

でも物語はまだ終わりではない。

 

 

 

背負われる「名無し」。

水辺で名前を聞かれても答えることができない。

『…誰もつけてくれなかったから…』

 

 

 

そして語られる物語。

 

 

 

−−−第五章 錆(さび)−−−

 

旱魃により家を出されたまだ幼い姉妹。

両親はそのまま自分達で命を絶った。

その後すぐに雨は降り出した。

その雨を降らせたのは大井跡の作った銀糸。

銀糸を使って雨を降らせたのは久世。

でももう遅い。

遅かった。

姉妹は2人きりで生きることになった。

 

姉は妹に握り飯を食わせるために体を売ち続けた。

何も知らずに姉を待つ妹。

そうして2人は生きた。

 

姉は妊娠していた。

苦しむ姉に何もできないでいる妹。

たまたまそこに通りがかったのは悪しき者から銀糸を隠そうとする久世。

その久世の手によって姉から産まれたのは女の赤ん坊だった。

 

ある夜、いつものように握り飯を食べている時。

赤子に名前がつけられた。

『あやめ』

水辺にあやめが綺麗に咲いていた。

 

姉は病にかかった。

そして妹を自分の子供に別れを告げて去った。

妹が最後に姉を見た姿だった。

 

もう姉から握り飯はもらえない。

あやめはぐったりとしてきた。

妹は姉の真似をして通りすがりの男達の前で服を広げてみせる。

それがどんな意味かも知らずに。

 

妹はあやめを連れたまま町で倒れた。

身も心もぼろぼろになり、もう動くことすらできなかった。

あやめは男達に連れて行かれた。

あやめの名前を知ることもなく。

妹はそのまま死んでいった。

誰にも知られることなく。

でも確かに生きていた。

そう思いながら死んでいった……。

 

 

これが「名無し」の生い立ち。

 

 

大井跡とあやめは例の花の咲かない水辺に行くことにした。

間違いなくそれが最後になることがわかっていた。

あやめは一旦里に帰って見せたいものを持ってくると言う。

夕刻に例の場所で待ち合わせをして2人は一旦別れた。

 

 

あやめは三井と公園の水辺で待ち合わせの約束してカウンセリングへと向かう。

三井にもらった自信と勇気を持って。

 

しかしそれは入り口の前に来た時に崩れ去った。

 

聞こえてきたのはもうあやめは治らない、というカウンセラーと助手の会話。

部屋に飛び込み、カウンセラーを問いただすあやめ。

カウンセラーはそのことを認めた上で三井のことまでも否定する。

それに反論しようとしたあやめに怒鳴り散らすようにカウンセラーは言う。

そんな若造に何が出来る。

そして治らなかったのはあやめが自分の治療法に従わなかったのが原因だ、と。

全ての責任をあやめ本人に押し付けるカウンセラー。

今まで積み重ねてきたものが全て崩れ落ちた瞬間だった。

 

 

あやめは里から帰ってきても大井跡のいる小屋には入らなかった。

小さい頃から作り続けた着物を纏ったあやめ。

嫁ぐ時に着ようと決めていた着物。

でもそれを着て大井跡に会おうとは思わなかった。

 

 

2人が結ばれてからの初めてのデートだった。

三井は浮かれた気分で公園の水辺であやめを待ち続ける。

 

いつしか待ち合わせの時間は過ぎ、それでもあやめはやってこなかった。

空を暗い雲が覆い始め、そのうちもの凄い勢いで雨が降り始めた。

あやめは来ない。

でも三井は待った。

 

 

水辺であやめを待つ大井跡。

大井跡に残された時間は僅かだった。

その時目に入ってきたのは一輪のあやめの花。

思わず声を上げるほどに嬉しかった。

「咲いたっ! 咲いたぞっ!」

でもあやめはやってこない。

そろそろ待つことすらできなくなる時間。

「お前も、罪な咲き方をするな…」

まるで自分をこの場に留めたいかのように、と思った時。

全身に震えが走った。

鳥肌が立ち、寒気さえ感じた。

「…あやめ?」

大井跡は全力で小屋に向かって駆けた。

 

 

三井は雨の中であやめを待ち続けた。

自分のように濡れていなければいい、と思いながら。

ただ来てくれることを信じていた。

 

 

大井跡が打ち壊すような勢いで小屋の戸を開けた。

そして暗闇に目が慣れてきた時、そこに見えたのはぐったりとしたあやめの姿だった。

抱き起こしたあやめの全身は濡れていた。

おびただしい血に濡れたあやめの足元に落ちていたのは一振りの短刀。

あやめは自分で腹を切っていた。

すぐに人を呼んでこようとした大井跡をあやめは引き止める。

一人にしないでください、と途切れ途切れに言うあやめ。

大井跡にもわかっていた。

もうあやめは助からないことが。

 

何故こんなことをしたのか、とわかっていながら大井跡は尋ねる。

どうか違っていてくれ、と願いながら。

でもその答えは予想していた通りのものだった。

大井跡の代わりに。

あやめはそう言った。

 

「花が…花が、咲いたんだ…」

「えっ…?」

「あの川辺の花だよ。一輪だけが、咲いていたんだ…」

失敗しちゃいましたね、とあやめは少し微笑みながら言った。

大井跡と一緒に見る最後の機会。

最後にあやめは大井跡に尋ねる。

自分は良い妻だったか。

大井跡は何の迷いもなく答える。良い妻だった、と。

夢だった、とあやめは言う。

「大好きな旦那様に…良い妻だと…褒めていただくのが…」

大井跡は強く強くあやめを抱きしめる。

胸が張り裂けそうに痛み、涙があふれ出る。

「大井跡さま…」

「ああ、なんだ?」

「花は…きれいでしたか?」

「ああ、美しかった。お前にも…見せたかったぞ」

あやめはかすかに震える唇を動かした。

「ん、なんだ? 何と言った?」

大井跡はあやめの唇に耳を寄せた。

そしてその言葉……

 

「一緒に…見たかった……」

 

すっ、と目を閉じるあやめ。

 

「あやめ…? あ…あやめっ、あやめぇーっ!!」

 

 

 

もうどんなに揺らしてもあやめの目が開くことはなかった。

大井跡の涙があやめの頬に何粒も、何粒も落ちる。

違うのだ、と大井跡は心の中で繰り返す。

 

あやめは一つ、勘違いをしていた。

それははっきりとそのことを伝えなかった大井跡の罪でもあった。

あまりに生々しいその内容から大井跡はそのことをあやめに言わなかった。

それが裏目そのままに出た。

 

銀糸の製法。

最後に代価として払わなければならない命。

それは誰に命でもいいと言う訳ではなかった。

代価となる命は銀糸を作った者の命、つまり大井跡の命でなくてはならなかった。

あやめが死んでも何の意味も無い。

 

大井跡は静寂と暗闇の中で泣き続けた。

しかし、やらなければならいことを思い出した。

本来の色を失い、血に染まったあやめの唇に口付けをする。

そしてあやめの体を横たわらせてから足元の短刀を手に取った。

 

自分の喉笛に短刀を押し当てる。

短刀を握る手には銀糸を巻きつけ、空いている手はあやめの手を握る。

あとは短刀を握った手を軽く引けば全てが終わる。

でもそれは里のためではない。

久世のためでもない。

他の誰のためでもない。

 

『あやめのため…』

 

『俺は…その名を持った者の為に…』

 

そして刃を引いた。

大井跡はあやめに覆いかぶさるようにして倒れた。

 

「…あやめ…いっしょに見たかったな…」

 

 

あやめは自分の部屋にいた。

自分の声がもう取り戻せないと知った時、自分と自分以外の全ての物の間に線が引かれた。

心の中で三井に謝罪し続けるだけだった。

 

雨はもうやんでいた。

三井は待ち続けていた。

もういいだろう、と思いながらも体が動こうとしない。

もう自分が何を待っているのかもわからなくなっていた。

 

そっとリボンを解いて、その下にあった銀の糸を手の上で広げてみる。

どんな願いでも叶えてくれるという銀の伝説。

あやめは願う。

線を無くして。

皆と同じ世界に連れていって。

 

お願い、お願いだから!

私の願いをかなえてよ!

 

握り締めた糸に涙がこぼれおちる。

 

…私はあやめ。…咲かないあやめ。

誰にも埋められない距離を持った者…

 

(咲いた、咲いたぞ!)

 

…えっ?

 

(…あやめなんて…どうだ?…)

 

…だれ?

誰の声なの?!

 

どこからか確かに聴こえた声。

そして手に持った糸がぼんやりと光を放ち始めていた。

 

…これは?

…これは…いったい?…

 

(…たまにでも思い出して下さい…)

 

(お、お姉ちゃん…)

 

…私に、私に言ってるの?

 

光った糸があやめに何かを言ってくる。

 

(…生きた証が欲しい…)

 

…生きた証?

 

((…花を…))

 

…花? …あやめの花のこと?

 

((一緒に見たかった…))

 

…いっしょに見たかった?

…いっしょに見れなかったの? ねえ?

 

((…一度でいいから…一緒に…))

 

その瞬間、ぼんやりと輝いていた糸が光を失った。

まるで何事も無かったように。

 

 

「帰るか…」

独り言のように三井は呟く。

「…お前も、いつになったら咲くんだ?」

来ないあやめに重ねて、目の前のあやめの草に呟いてみる。

そして諦めて踵を返した時。

「…?」

目の前で何かが光った。

気がつけば淡い光を放ちながら無数の蛍が水辺を飛び交っていた。

 

(…あやめ…なんてどーだ?…)

 

「えっ?」

 

確かに光点…蛍の向こうから聞こえた。

 

「なっ…」

 

淡く消えそうな光点の中、ぼんやりと白い影…「名無し」の姿が揺れていた。

 

(…わたし…光ってた?)

 

「…お前は…いったい?…」

 

その淡い影がだんだんとはっきり見えてくる。

そしてそれは見覚えのある顔に。

待ち続けていた顔に。

 

「あやめちゃん!!」

 

来ると思ってたぞ、と呟く三井の腕の中で声もなく嗚咽の涙をこぼすあやめ。

 

(咲いた、咲いたぞ!)

 

「えっ?」

 

思わず2人同時に顔を見合わせる。

「…いまの聞こえた?」

小さくうなづくあやめ。

「…やっぱり聞き違いじゃ……あっ!?」

 

さっきまでただの青草だった水辺のあやめ。

でも2人が見つめる先は一面の薄紫に染まっていた。

 

咲く事を忘れていたあやめが一斉に咲いていた。

 

(( よかった… ))

 

そしてまた目の前に薄っすらと浮かぶ人影。

とても嬉しそうな笑顔。

銀糸に命を捧げた「あやめ」の笑顔。

 

(( うれしい?… ))

 

(( 一緒に見れて良かった?… ))

 

「…えっ?」

 

あやめの持っていた銀糸が光りだす。

「…糸が光ってる?」

 

(( よかったな…あやめ… ))

 

(( はい、よかったですね… ))

 

そんな声が聞こえた瞬間、あやめの胸元の糸が一際鮮明な光を放った。

 

 

 

「…あれ?」

思わず顔を見合わせる2人。

糸は消えていた。

 

全ては幻だったのか。

そう呟いた三井の腕をあやめが引っ張る。

そして促された視線の先。

 

淡い月明かりの中、一面に薄紫のあやめの花が咲き乱れていた。

 

「やっぱり幻じゃなかったんだ…」

コクンっと頷くあやめ。

 

 

 

…それは何年か振りに再会した、自分と同じ名を持った花。

まるで幼い日に分かれた己の分身のような花…

 

 

 

「…綺麗だな」

 

「…うん」

 

「一緒に見れてよかったな…」

 

「…うん、そうだね」

 

「だけど、さっきのひか…」

 

思わず言葉を止める。

 

「あやめちゃん!!」

 

「えっ、ん、なに?」

 

「あやめちゃん、声が…」

 

「えっ、ええ!? あっ…」

 

 

(( 良かったね。一緒に見れて ))

 

 

 

 

 

…眩しかった日のこと…

…そんな夏の日のこと…

 

 

 

 

 

儀助の腕にしがみついている名無し……いや、あやめ。

 

「おい、あやめ」

 

「なあに」

 

「もう少しで実るぞ」

 

「はは、楽しみだね」

 

「これで握り飯、いくつ出来るかな?」

 

「きっと、たくさんできるよね」

 

「ああ、食い切れねえかもな」

 

「ははは、そうだね〜」

 

 

 

 

頼人に夕餉の膳を運ぶ狭霧。

 

「なんだ、この味は!?」

 

「あ、申し訳ありません…」

 

「いい加減、吸い物くらいまともに作れないのか?」

 

「え、え〜と、努力はしているのですが…」

 

「まあいい、それよりも…」

 

「はい?」

 

「また子供達が遊びに来てるぞ」

 

「えっ、ほんとですか? では一緒に…」

 

 

 

 

夕奈に後ろから抱き付いている朝奈。

 

「だから絶対に来てよ?」

 

「うん! お姉ちゃん」

 

「あなた達より豪華な式にするからね」

 

「え〜っ、本当に!?」

 

「ええ、だから二人で来てね」

 

「うん! もちろん」

 

「あなたの旦那よりカッコイイからね」

 

「ははは…」

 

 

 

 

 

「おい、早くしてくれよ」

 

「ちょ、ちょっと、まって〜」

 

「あ、そういえば今更だけどさ…」

 

「なあに?」

 

「今日のランチって何だっけ?」

 

「…三井くん、知らないで注文してるの?」

 

「まあ別に何でも食べる事には関係無いからな」

 

「も、もう〜、しょうがないなあ〜」

 

 

 

そう言って私は、カウンターに立ててあるボードを手にする。

 

 

 

 

 

 

「はい、今日のランチは…」

 

 

 

 

 

…大切なホワイトボード。

 

 

 

…ずっと意思を伝えてくれたボード。

 

 

 

私の中の線が消えても、大切にしているボード。

 

 

 

…今もあの人に向けられている…

 

 

 

 

 

 

Fin

 

 

 

 

 

よかった……。

 

本当によかった……。

 

あやめは救われたんですね……。

 

それは現代の「あやめ」だけじゃなくて……。

 

歴代の「あやめ」が……。

 

 

大井跡は銀糸に『あやめ』に対する想いをこめて死んでいきました。

いわば銀糸は『あやめ』と言う名を持つ者のための物。

それが現代の『あやめ』で成しえられた時、銀糸は役割を終えたのでしょう。

 

それと同時に「一緒にあやめの花を見る」という大井跡と『あやめ』の願い。

その願いが叶えられた時、銀糸は消えました。

 

果たして銀糸は何のためにあったのか。

どんな願いでも叶えることが出来ると言う銀糸。

でもその存在理由は全て『あやめ』のため。

そして「一緒にあやめの花を見る」という願いのため。

よかった……本当によかった……。

 

 

 

……ちょっとだめです。

自分の中でまとまりきってません。

エピローグ的な話もあることですので、続きは次回。

 

なんか今回は苦労したわりに内容を書いただけになってしまいましたが……。

 

次回「銀色−完全版−」プレイ日記、早くも最終回。


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