始まりの予感
第二話 嵐の予感
蝉が鳴き始め、少しずつ暑くなり始めたころ。
トントントン。
カンカンカン。
工夫 「あらよっと、お〜い、もっと材料を運んできてくれ」
工夫 「こっちも頼むわ」
工夫 「あいよっ、すぐに持ってくるからよ」
役人 「おいっ、そこ! もっとしっかり組まないと、簡単に崩れてしまうぞ!」
工夫 「あっと、すみません。気づきませんでした。すぐにやり直しますので」
役人 「いいか! 少しでも手を抜けば、そこから簡単に堤防は決壊してしまうぞ! 気合を入れて取り掛かれ!」
工夫達 「へいっ!!」
工夫たちの威勢のいい掛け声が、辺りには響いていた。
俺と一輔は、その様子を少し離れたところから見ている。
川の治水に取り掛かって、かれこれ一年半が経とうとしていた。一輔 「ようやくここまできましたな頼人殿」
頼人 「ああ、そうだ。もうあと半年もすれば、俺の領内で洪水によって命を落とす者は少なくなるだろう・・・」
少なくなる・・・いなくなると言えないのが悲しいな・・・。
洪水、干ばつ、地震などは何時起こるかわからない。
そして、そのたび少なからず、命を落とす者や家を失う者が出てくる。
人が天災に対して完全に勝てることなど出来ない・・・俺はそれが悔しかった。一輔 「頼人殿、治水は何も洪水を防ぐためだけにあるのではございません。川の流れを整え、そこから水路を幾重にも領内に張り巡らせること。それが一番の目的でございます。そうすれば干ばつによる被害を抑えることも、新たに田畑を開墾することも出来ます。そうなれば、この領内はぐっと豊かになります。皆が幸せに暮らせるようになるのです。頼人殿は、とても意義のあることをしているのです。みな感謝しています」
俺の心中を察して、一輔がそう声をかけてくる。
確かに俺の領内では、飢えや貧しさに苦しむ者たちは減った。
しかし、それは減って来ただけだ。まだ苦しんでる者たちは確かにいる。
その者たちを全て救いたいなどと考えるのは、最初から無理なのかもしれない。
しかし、それでも俺は・・・。頼人 「いつか必ず、皆が安心して暮らせるようにしてみせるぞ」
そう心に決めていた。
一輔 「その想いを頼人殿が無くさないでいてくださるかぎり、領内の者は皆、幸せに暮らせることでしょう」
頼人 「そうあってほしいものだな」
そう言って、俺は空を見上げてみた。
そこには一羽の鳥が、大空を優雅に羽ばたいている様子が見えた。
もし、人が鳥のように空を自由に飛べたのなら、もう誰も苦しむことがない世の中を作れたかもしれない・・・。
俺はそんなことを考えながら、暫くその鳥を眼で追っていた。
そして、俺と一輔は、治水工事の様子を一通り見て回ってから屋敷へと戻った。
遠くから聞こえてくるヒグラシの声が、夏の訪れを予感させていた。
それは・・・台風の季節の始まりでもあった。・
・
・
あれから半月ほどたった、蒸し暑い夏の昼下がりのこと。
頼人 「・・・いやな雲行きだな」
俺は屋敷から空を見上げていた。
そこには空一面に真っ黒な雨雲が立ち込めていた。
もしかしたら嵐が来るかもしれない。一輔 「頼人殿、領内において川の水位に気を付けるよう、伝令を出しておきました」
頼人 「すまない一輔殿」
一輔 「いえ、お気遣いなく。それよりも・・・何も起こらなければよろしいですな」
そう言って、一輔も空を見上げる。
頼人 「今は、俺と一輔殿でやり遂げてきた、この二年余りの成果を信じるしかないな。きっと大丈夫だ」
一輔 「そうでございますな、それだけのことはやってきたという自負もありますし」
頼人 「そういうことだ」
暫く俺と一輔は、重く曇った空を見上げていた。
そして、それから半刻ほどたって、ついに雨が降り始める。
それは、二年ほど前の、あの嵐の夜を思い起こさせるものだった。
つづく