始まりの予感
第一話 桜の季節
狭霧 「たまにでもいいですから、思い出してください、頼人様。おかしな味の吸い物を作る娘がいたと・・・」
頼人 「狭霧!!」
狭霧 「最後に頼人様に食べていただくものなのに、私の勝手な思いつきにお付き合いさせてしまいました。申し訳ありませんでした」
頼人 「どうでもいいっ!いくらでも許してやる!!早く、こっちへ戻って来い!!」
豪雨の中、俺は声の限りを尽くして叫ぶ。
狭霧 「お言葉はありがたいのですが・・・もう心残りが無くなってしまいました」
静かに微笑んで見せる狭霧。
狭霧 「・・・それに、そろそろ頃合かと思います」
川の水かさはすでに限界だった。
狭霧の足を、溢れかけた水が洗っている。
狭霧は半歩後ろへ下がった。狭霧 「さようなら、頼人様。どうか・・・」
そのまま、背後へ向かって倒れこむ。
頼人 「狭霧っ!!」
俺は駆け出した。
地を蹴り、手を伸ばす。
指先が微かに着物のに触れた。
しかし、掴めなかった・・・。狭霧 「お達者で・・・」
頼人 「狭霧いいいぃぃーーーっ!!!!」
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頼人 「うっ・・・」
目を覚まし、起き上がろうとしたが、あまりの眩しさに手で日を遮る。
眩しい・・・日がだいぶ傾いている・・・大分眠っていたらしいな・・・。
ふと見た指先には、まだ着物の感触が残ってる気がした。頼人 (・・・また、あの時の夢を見ていたのか俺は・・・)
夢・・・そう、あれ以来幾度この夢を見たことか。
俺はけだるい体を起こし、何気なく頬に手を当ててみた。頼人 (・・・まだ・・・涙がでるのだな)
あの時枯れ果てたと思っていたが、無くならないものだな。
俺は屋敷の外に眼をやった。
庭に咲く桜が悲しいぐらい綺麗だ・・・狭霧に初めて会ったのもこの季節だったな・・・。一輔 「頼人殿失礼します。・・・何やら魘されていたようですが・・・またあの時の夢でございますか?」
俺の様子が気になったのだろう、一輔が心配顔で部屋へ入ってくる。
頼人 「・・・ああ、そうだ・・・」
俺は視線を庭に向けたまま答える。
一輔 「・・・そうですか・・・もう、あれから二年になりますな・・・」
つられるように一輔も庭に視線を向ける。
舞い散る桜・・・それは楽しそうに社殿の掃き仕事をしていた狭霧の姿を思い起こさせる。
あれから二年・・・か。
あの時の俺は、狭霧を騙した里の者を、皆殺しにしてやりたいと考えていた。
そう出来るだけの力が俺にはあったのだからな。『里の皆が、ずっと幸せに暮らせますように、そして、もう私と同じ思いをするものがいませんように』
狭霧の願い・・・それがあったから、あの時俺は自分を見失わずに済んだ。
そんなことをしても狭霧が悲しむだけだ。
何のために狭霧がその身を犠牲にしたのだ。
だから、俺はあの時誓った。人柱など俺の生きてるうちは決して許さない。
狭霧のような娘がもう現れないよう、俺はしてみせる。
それが俺が狭霧の想いに答えてやれる、俺が出来るせめてもの事だ。一輔 「・・・頼人殿の今の顔・・・まるであの時のようですな」
頼人 「・・・そうかもしれん。この季節になるとどうしても思い出してしまう」
狭霧を失った後、俺は一輔の所へ赴き、俺の為に力を貸してくれと頼み込んだ。
地に頭をつき頼み込むなど、生涯でこれ一度きりのことだろう。
あの無能な兄上たちを退け、俺が久世家の当主になるためには、どうしても一輔の力が必要だったのだ。
一輔は暫く考え込んだあと、ただ一言『分かりました』と言って、俺に付いてきてくれた。
あの時何を考えていたのか、どうして俺に付いてきてくれる気になってくれたのか、それは今でも俺には分からない。
だが、里から帰った俺を見て、父上がとても嬉しそうにしていたのと、何か関係があるのかもしれない。
そして俺は一輔の協力の下、兄上たちを退け久世家の当主になることが出来た。一輔 「あの時の頼人殿は、鬼気迫るものがありました」
頼人 「・・・そうするしか道がなかったからな」
一輔 「少しでも、お役に立てているのでしたら、いいのですが」
頼人 「・・・一輔殿がいなければ、俺はここまで出来なかった。感謝してる」
それから暫くの間、俺と一輔は、散ってゆく桜の花を、ただじっと見つめていた。
つづく